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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(310) パラスポーツにも、“新生活様式”。パワーリフティングで、オンラインW杯開催中

新型コロナウイルス対策で、ほぼすべてのスポーツ大会やイベントが中止や延期となっているなか、パラスポーツ界でも新しい楽しみ方を模索する試みがいろいろ進んでいます。大きな役割を担っているのが、「インターネット」です。

例えば、当コラム308号ではオンライン会議システムを使った、「バーチャル車いすマラソン」をご紹介しました。今回はパラリンピック競技のパラパワーリフティングで4月からスタートした新シリーズ戦、「オンラインワールドカップシリーズ」をリポートします。

▼(参考)「伝統のボストンマラソンで、バーチャル車いすレースが実現!」
(ノーボーダースポーツ/4月27日)
https://op-ed.jp/sports/4873

パラパワーリフティングとは、下肢障がい者を対象に、専用の競技台に仰向けに寝て行うベンチプレス競技で、上半身の筋力だけでバーベルを挙げるのが特徴です。選手は1回の試技で自身が申告した重さのバーベルに挑みますが、たとえバーベルを挙げても、3人の審判がバーの傾きやスムーズさなどを判定し、2人以上が認めないと成功とはなりません。全3回の試技に挑戦でき、成功したなかで最重量の記録で順位が決まるという競技です。

1964年の東京大会からパラリンピックから採用されている人気競技の一つで、国内大会でも「観せる工夫」に取り組んでいます。劇場などを会場に、ステージ上で試技をする選手を天井に設置したカメラで撮影し、大型スクリーンに投影します。観客は選手の細かい動きや、集中したり力んだりする表情を臨場感たっぷりに楽しむことができます。

(参考)2019年9月、東京パラリンピックの本番会場である東京国際フォーラムを舞台に、テスト大会も兼ねて行われた、「READY STEADY TOKYOパワーリフティング」大会の様子。階段状の観客席からも選手の様子が見えるように大きなスクリーンが設置され、照明装置などエンターテインメント性も工夫された(撮影:星野恭子/2019年9月26日=東京千代田区の東京国際フォーラム)

さて、新たに始まったオンラインW杯シリーズは、競技統括団体の世界パラパワーリフティング(WPPO)が企画した新趣向の大会、「Raise The Bar Together(みんなでバーを挙げよう)」で、今年度は全5戦が行われる予定です。

オンラインといっても同時進行ではなく、設定された大会期間中に、選手は自宅や練習拠点で3回の試技を行い、その様子をビデオに撮影します。その動画をWPPOに送り、公認審判員が成否を判定し、獲得ポイントによって順位を争う競技形式で行われます。

(参考)パワーリフティングでは、ラックから外したバーベルをいったん胸の位置まで下げ停止させてから、一気に肘を伸ばし切るように挙上する。スムーズさなども審査の対象。写真は練習中の石原正治選手で、バーベルを胸の位置まで下ろしたところ。(撮影:星野恭子/2019年7月3日=東京品川区の日本財団パラアリーナ)

ただし、公式戦ではないため記録の認定はなく、東京パラリンピック出場に関わる世界ランキングにも反映されません。あくまでも、感染症対策で練習もままならない世界各地の選手たちの励みとなり、競技力やモチベーションの維持につなげることを目的としたイベント大会です。

動画撮影には検量の様子も必要で、試技では左の審判位置から撮影する、安全確保のため必ず1名の補助者を付けるなど、いくつかの規定もあります。また、競技は一般に、障害の程度によるクラス分けでなく、体重階級別(男子:49㎏級~107㎏超級、女子:41㎏級~86㎏超級の各10階級)に競いますが、この「オンライン版」は男女の別だけのオープン戦です。ただし、異なる体重階級間の選手でも公平に記録の比較ができるよう、実際の記録と体重階級ごとに設定された係数とを掛け算して算出された計算記録によって競うシステムが採用されています。

(参考)専用台に横たわり、上半身だけでバーベルを挙げるパラパワーリフティングを練習中の馬島誠選手。正式な競技会では安全確保のため、写真のように左右に補助員が立ち、万が一の際はサポートする(撮影:星野恭子/2019年7月3日=東京品川区の日本財団パラアリーナ)

すでに、シリーズ第1戦が4月3日から17日まで、シニア25名(男子17、女子8)に、ジュニア男女各1の全27選手が参加して行われました(日本選手の参加はなし)。動画判定の結果、男子はコロンビアのファビオ・トレス選手が、女子はロシアのベラ・ムラトーバ選手がシリーズ第1戦の勝者となりました。

トレス選手は、「オンライン大会は通常の大会のように実施できて、とてもよい企画だと思います。よい記録を出せるように、練習を続ける励みにもなり、楽しんで挑戦できました」と、感想を寄せています。

なお、各選手は1戦ごとに獲得したポイントによって順位づけされるほか、最終の第5戦終了後、最も高いポイントを獲得した選手が2020年度大会の総合勝者として表彰される予定です。

また、個人戦と並行して、少し変わった趣向の団体戦も実施されました。参加できるのは、予め、パラリンピックのメダリストなど4名が「チームキャプテン」として指名され、それぞれが他の出場選手から男女2名ずつを選んで編成した全4チームのみで、チーム名はバーベルの各色に由来したレッド、ブルー、グリーン、イエローです。

第1戦では、パラリンピック3大会連続金メダリストのアマリア・ペレス選手(メキシコ)が主将を務め、他にカザフスタン3選手とイタリア選手の5名で編成されたチーム・ブルーが優勝しました。「国境を越えたドリームチーム」というのも、非公式のシリーズ戦ならではの面白さでしょう。

画期的な「W杯シリーズ」はすでに、第2戦が5月11日からスタートしています。今回は日本のパラパワーリフティング連盟も所属選手たちに参加案内を出しているので、日本選手の参戦もあるかもしれません。動画の受付は24日までで、その後約1週間の判定期間を経て6月2日には結果発表の見込みです。日本選手の活躍も含め、シリーズ戦の行方も見守っていきたいと思います。

このように、「新型コロナウイルス」という予想外の事態に対し、パラスポーツ界もアイデアを凝らして前に進んでいます。パワーリフティングは一人ずつ競技し、審判が成否を判定する個人競技であり、そうした競技特性をいかしたのが、このオンライン競技会です

もちろん、インターネットという媒体になじむ競技と、そうでない競技があるでしょう。対戦型の球技や、選手同士のコンタクトが必要な格闘技などはすぐには難しいかもしれせん。でも、記録とも戦う陸上や水泳は、「公平性」を確保できるように競技会場の環境統一を参加条件に加えるなどすれば、実現の可能性はありそうです。

パラスポーツ界にも、「新しい生活様式」は少しずつ進んでいます。現状をマイナスでなくプラスにとらえてスポーツを楽しむ術を探る動きを、これからも注目したいと思います。

(文・写真:星野恭子)