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佐野稔の4回転トーク 16~17シーズン Vol.⑱ 2017世界国別対抗戦を振り返って ~ パート①

世界選手権の借りを返した女子ふたりの頑張り

 フィギュアの16~17シーズンを締めくくる「世界国別選手権」は、日本の3大会ぶり2度目の優勝となりました。今大会の最大の勝因は樋口新葉と三原舞依、女子シングルに出場したふたりの頑張りだと言えるでしょう。3週間前の世界選手権では、結果的に平昌(ピョンチャン)五輪の出場枠を「2枠」にしてしまい、揃って涙を流した高校生コンビですが、その悔しさをバネに、ショート・プログラム(SP)、フリー・スケーティング(FS)ともミスなく滑り切り、自己ベストを大きく更新してみせました。

 特にFSでは、樋口が今シーズン最高の内容で、日本女子の歴代最高点を叩き出したかと思えば、すぐさまそれを三原が塗り替える。会場の東京・代々木競技場が満員のお客さんで埋まり、ホーム・アドヴァンテージと同時に大きなプレッシャーもあったなか、ああいった演技ができるのは、ふたりの潜在能力の高さの表れです。まさにいまが伸び盛り。「こんなスゴい選手が、日本女子にはいるんだぞ」と、世界に発信してくれました。

樋口を復調に導いたエッジの変更。強さを感じさせた三原

 今シーズンの後半戦、どこか精彩を欠いた滑りの続いていた樋口新葉ですが、この大会を前にスケート靴を新調して、エッジについては種類も変えたそうなのです。彼女を指導する岡島功治コーチによると、その新しい足元が軽い感じがして、ものすごく彼女の感覚に合ったというのです。スケーターにとって、これほど勇気の湧く出来事はありません。最高の気分転換です。さらに今回は新しい振り付けも採り入れていました。そうした新鮮さもあって、今年に入ってから続いていた嫌な流れを一掃できたのではないでしょうか。

 大会前の公式練習で「綺麗すぎてビックリ」(岡島コーチ)と驚くくらいのトリプル・アクセルを着氷させていたことが話題になりましたが、じつはその前日、私も都内のスケート場で、樋口が見事なトリプル・アクセルを成功させているシーンを、生で見ていました。来シーズンに向けて、準備は万端のようです。

 世界選手権ではSPの最後の3回転フリップに失敗して転倒。総合5位に終わった三原舞依でしたが、ああいうミスは二度と繰り返さないぞと心に決めて、実際にそれができてしまう。周りが言うほど、簡単な話ではありません。FSについては、今シーズン全試合ほぼノーミスでやり切った。宮原知子を彷彿させる安定感がありました。三原の「強さ」をあらためて感じます。また、それだけの「強さ」がなければ、いまの女子で日本代表になることはできないのでしょう。

本格的なシニア・デビュー戦となった、シーズン序盤の「スケート・アメリカ」で3位になったときは、思わぬ伏兵の大健闘といった印象がありましたが、いまや女子フィギュア界の堂々たる中心人物のひとりです。「スケート・アメリカ」を終えたとき、私は「何かひとつの出来事をキッカケに、競技人生がガラッと好転することがスポーツの世界ではある。この3位をターニングポイントに、三原が大きく飛躍することを期待します」と話しました(※)が、その期待をはるかに超える素晴らしいシーズンになりました。
(※「佐野稔の4回転トーク」16~17シーズン Vol.②)

メドベージェワのシーズンだった女子シングル

 SP、FS揃って、またしても世界最高得点を更新。今シーズンの女子フィギュアは、エフゲニー・メドべージェワ(ロシア)のシーズンでした。そして、平昌五輪が控える来シーズンも、女子フィギュア界は彼女中心に動いていくことでしょう。あれだけ踊れて、表現ができて、ジャンプも跳べる。女子フィギュアの常識を次々に覆して、異次元の領域に足を踏み入れています。

 樋口、三原が自己ベストを大きく更新する演技をしてもなお、今回メドベージュワとはFS、SP合計で20点以上もの開きがありました。プロトコル(採点表)を詳細に眺めていくと、テクニカル(技術点)の基礎点は、SPが32~33点、FSで62~63点と、3人にそれほどの差はありません。ところが、メドベージェワのジャンプには軒並み、GOE(出来栄え点)で最高の「+3」が付いています。演技構成点になるとSPで約5点、FSでは10点前後の大差がありました。

 どうすれば彼女に勝つことができるのか。現段階では、その方法が見当たりません。それでも各陣営が知恵を絞り、工夫を凝らして、「打倒メドベージェワ」を目指しています。そのことによって、世界の女子フィギュアのレベルは、どんどん向上しています。2種類以上の4回転ジャンプを複数回跳ぶ、男子フィギュアの“新時代”ばかりに注目が集まりがちですが、女子フィギュアのほうも間違いなく“新たな時代”が到来しています。