ノーボーダー・スポーツ/記事サムネイル

佐野稔の4回転トーク 16~17シーズン Vol.⑦ 大きな収穫と、発展途上の300点超え。羽生結弦のNHK杯 

3種類の4回転ジャンプを成功も、いまの羽生は過程の段階

ショート・プログラム(SP)冒頭の4回転ループは、空中で軸が左に傾きステッピング・アウトしてしまいましたが、その後の4回転サルコゥ-3回転トゥ・ループのコンビネーションやトリプル・アクセルは完璧な出来。ジャンプだけでなく、スピンやステップのひとつひとつを見ても、身体のキレを感じさせる羽生の滑りでした。

パトリック・チャン(カナダ)に敗れたスケート・カナダのあとから、このNHK杯までの間に、おそらく相当な量の練習をこなしてきたのでしょう。体調も良かった分、かえって力が入り過ぎてしまったことが、SPの4回転ループに失敗した原因ではないでしょうか。フリー・スケーティング(FS)冒頭の4回転ループもSPのときと同様、軸は左に傾いていたのですが、若干傾きが浅かったおかげで着氷することができました。それでいて、しっかりGOE(出来栄え点)で加点まで付けてしまうあたりは、さすが羽生といったところです。

スケーター心理として、同じ冒頭のジャンプであっても、SPよりFSのほうが楽な気持ちで跳べるように思います。SPはジャンプが3度しかなく、ひとつのミスで順位が大きく変わってしまうので、プレッシャーの掛かり方が違います。演技初日の緊張も重なります。そうした心理面でのプレッシャーの違いもプラスに働いたのかもしれません。

いずれにせよ3種類の4回転ジャンプの成功は、今シーズンの羽生にとっての大きな収穫です。FS後半の4回転サルコゥこそ失敗してしまいましたが、4回転を4度、さらにトリプル・アクセルを2度跳ぼうというのですから、体力的にどれほど過酷なのか。ちょっと想像がつきません。ただ現段階では、そうした技術面に特化したアプローチをしていることによって、演技全体に昨シーズンほどの緻密さが感じられません。プログラムも単純化されています。4度の4回転を成功させるためにペース配分していたのか、スピードも抑え気味でした。

羽生本人が試合後に「表現面がまだまだ足りない」と話していたように、FSの演技構成点は92.52にとどまりました。昨シーズンのNHK杯では演技構成点が97.20、GPファイナルのときが98.56でしたから、羽生の3度の「300点超え」のなかでは、最も低い点数です。

羽生のなかでは、平昌(ピョンチャン)五輪での金メダルに向けて、いまは積み重ねの作業をしている最中。発展途上の段階なのでしょう。それぞれの4回転ジャンプの正確性に磨きをかけた上に、去年並みの演技の緻密さが加わったときには、自身の持つ歴代最高得点330.43を更新することでしょう。

感慨深い、ノービス時代から競い合った3人の揃い踏み

総合3位でGPシリーズ初めての表彰台に昇った田中刑事ですが、もともと独特の‘男っぽい’世界観を表現できる選手でした。それに加えて今回は、FS2つめの4回転サルコゥ、そしてトリプル・アクセルを、きちんと成功させたように、ジャンプの質がひじょうに良くなっていました。

今回のNHK杯に出場した羽生結弦、田中刑事、そして日野龍樹の3選手は、94年度の生まれ(日野が早生まれ)で学年が一緒。ノービス時代から、ずっと競い合ってきた同級生です。山本草太の欠場があったとはいえ、NHK杯という日本人選手憧れの国際大会に、その3人が揃って出場できた。彼らの成長を見守ってきた多くの関係者が「よく頑張ったね」「良かったね」と、ねぎらいの声を掛けてあげたくなったことでしょう。

フィギュアの世界ではほとんどの場合、シニアに到達するまでの間に、同世代の仲間たちが、ひとり欠け、またひとり欠け…となっていくものなのです。それだけに、彼ら3人が同じ舞台に顔を揃えたこと、そして、そのうちふたりが同時に表彰台に立ったこと。とても感慨深いものがありました。

ジャンプ偏重、過渡期にある男子フィギュア

今回の男子、特にFSはミスが相次ぎ、全体的に大味な印象を受けました。たとえば、FS冒頭に3種類の4回転ジャンプを4度跳んだネイサン・チェン(アメリカ)は総合2位に入りましたが、ミスも多く荒っぽさを感じました。4回転ジャンプはサルコゥ1種類だけでしたか、その1種類をしっかり跳んでみせた田中とは、好対照でした。

これは羽生の演技にも共通することですが、誰もが4回転ジャンプの種類を増やすことばかりに意識が向いてしまっている。少し技術偏重になって、バランスが悪くなっています。おそらくしばらくすれば、技術に追随して表現のほうも高まっていくのでしょうが、今シーズンここまでの男子フィギュアを観ていると、そうした過渡期にある気がします。

(文:佐野稔)