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佐野稔の4回転トーク 16~17シーズン Vol.⑥ フェルナンデスを脅かす存在のいなかったフランス大会。10代の選手にはケガのリスクも伴う4回転新時代

GPファイナルで羽生に勝つには「渡りに船」だった2週連続出場?

ショート・プログラム(SP)冒頭の4回転トゥ・ループの転倒や、フリースケーティング(FS)でのトリプル・アクセルの失敗はありましたが、GPシリーズ・フランス大会はハビエル・フェルナンデス(スペイン)の完勝。ハッキリ言ってしまえば、彼を脅かすほどの相手がいなかった。宇野昌磨のいた前週のロシア大会のときよりも、楽な気持ちで滑れたくらいではなかったでしょうか。

 ロシア大会、フランス大会と、このタイミングで2週続けてグランプリ(GP)・シリーズ出場となったことは、GPファイナル制覇に向けてフェルナンデスにプラスに働くかもしれません。もちろん体力面での疲労はあったでしょうが、モスクワからパリまで直接移動してしまえば、自分の練習拠点であるカナダに一度戻るより、スケジュールとしてはかなり楽だったでしょうし、モスクワとパリでしたら時差も2時間程度しかないため、無理に身体を合わせる必要もなかったでしょう。

 しかも、ここでGPファイナル出場を決めたことで、約1カ月近くスケジュールを空けることができました。余裕をもった調整が可能です。それに対して、最大のライバル羽生結弦が出場を予定しているGPシリーズ最終戦のNHK杯からGPファイナルまでは2週間しかなく、その間に羽生は日本からフランス・マルセイユまでの移動もこなさなくてはなりません。

 世界選手権を2連覇しているフェルナンデスですが、羽生の壁に阻まれて、まだGPファイナルのタイトルは手にしていません。彼にとっての大きな目標のはずです。こうしたことを考え合わせると、このタイミングでGPシリーズに2週連続出場したことは、フェルナンデスとって「渡りに船」だったのではないかと思うのです。もちろん狙い通りに(?)2週続けて優勝してファイナル進出を決めてしまうだけの、抜きんでた実力の持ち主だからこそできる芸当なのですが…。

ケガと得点力が隣り合わせの4回転新時代

 SPの出遅れが響いて、総合5位に終わった無良崇人でしたが、FSの演技はスゴくカッコ良かった。準備していた4回転サルコゥこそ、ケガの影響で回避しましたが、冒頭2本の4回転トゥ・ループ、そして得意のトリプル・アクセルは、ひじょうに完成度が高いジャンプでした。おそらく今大会の話題は浅田真央と樋口新葉のふたりに集中しているでしょうけど、この「4回転トーク」だからこそ、無良の滑りには、どうしても一言触れておきたかった(笑)。

 ただ、数シーズン前であれば、2度の4回転ジャンプを成功させれば、GPシリーズでも優勝できました。実際、無良が優勝したときの14-15シーズンの「スケート・カナダ」がそうでした。ですが、いまや男子フィギュアは、4回転ジャンプを2種類以上、FSでは3本以上跳ばなくては勝てない時代です。

そんな新たな4回転時代の申し子と呼びたくなるような選手が、今回がシニアのGPシリーズデビューとなったネイサン・チェン(アメリカ)です。なにせ、演技冒頭の「4回転ルッツ+3回転トゥ・ループ」のコンビネーションと4回転フリップだけで、FSでは34.20点も稼いでしまったのですからね。今回も失敗は多かったですけど、10月のフィンランディア杯のときと較べれば、全体の演技内容も良くなってしましたし、17歳で4種類の4回転を軽々と跳んでしまう凄さがあれば、多少の欠点など吹き飛ばしてしまいます。

そんな大量得点が見込める4回転ジャンプですが、常にケガのリスクが付いてまわります。単純に回転を増やそうとすれば、それだけ高く跳ばなくてはなりません。その分、ヒザや足首、腰などに加わる衝撃は、当然大きくなります。華麗な演技に眼を奪われ、ついつい忘れてしまいがちなのですが、フィギュア選手たちは「氷を相手」にしているのです。

まだ大人の身体ができあがっていない10代の選手たちにしてみれば、4回転ジャンプによって受ける身体の負担は、けっして小さくありません。そういう意味では、10代の選手が続々と活躍している女子よりも、男子のほうがフィギュア選手としての武器を揃えるには、ある程度の年齢が必要になるのかもしれません。

五輪午前開催も、いまのタフな選手たちなら、対応してしまうのでは…

今大会の話題からは離れますが、先週、平昌(ピョンチャン)五輪の大会組織員会から、フィギュアが午前10時に始まる競技日程案が発表されました。アメリカ東部時間に合わせたテレビ放映の兼ね合いが背景にあることは、言うまでもありません。

まだ変更される余地があるとは言うものの、私の現役時代を振り返っても、まだコンパルソリー(規定)があった時代に、午前中から滑り始めたことがあったくらいで。少なくとも曲をかけての演技を、朝から行った記憶はありません。試合本番に向けた選手個々のルーティンを、どのように確保していくのか。とまどいの声が沸き起こるかもしれません。

 ただ、今でも世界選手権の公式練習などは朝6時から行われていますし、五輪に出場するようなトップ・スケーターたちは世界中を飛び回り、時差との戦いにもうち克っているような、タフな選手たちばかりです。案外いまの選手たちなら、午前中の大会にも、それほど苦にせず対応してしまうんじゃないか。じつはそんな気もしています。

〈文:佐野稔(フィギュアスケート解説者)〉