大相撲11月場所の展望(荒井太郎)
先場所は豪栄道の全勝優勝という、おそらく場所前に予想した角界関係者は皆無であっただろう結果で幕を閉じた。それまでの豪栄道と言えば、大関在位12場所で2桁勝利は1度だけ。負け越しが4度もあり、勝率は5割2分2厘。“クンロク(9勝6敗)大関”という、不甲斐ない大関を揶揄する表現があるが、その勝ち星にすら届かなかったわけである。
“突然変異”の要因を本人は「この何場所かはぶっつけ本番に近い場所が続いたけど、秋場所は(夏)巡業からコンスタントに稽古を積んで、番付発表後は横綱とも稽古ができた。そういうのが自信になった」と語る。大関昇進以降は、左膝半月板損傷、左肩骨折、右太もも肉離れ、左眼窩壁骨折などケガに苦しみ続けてきたが、体調が整った状態でしっかり稽古を積みさえすれば、優勝できる力は十分持っていることを証明してみせた。
勝因について、たびたび自身の口から語られていたのは「我慢と集中」だ。先場所は悪癖の引く場面がほとんど見られず、押し込まれても低い体勢を維持しながらじっと耐え、稀勢の里戦や鶴竜戦のように、勝機が訪れると一気呵成に攻め込む相撲が光った。唯一、日馬富士戦はまともに引いてしまったが、これまた悪癖の首投げで九死に一生を得て、実質的な優勝戦を制した。
「徐々に勝ち進んで、気持ち的にもどんどん楽になった。中日を過ぎて勝ち越したあたりから、よりその日の一番に集中して取ることができた」と、カド番を脱出して以降はより一層、集中力が増し、白星が積み重なるにつれて神懸かり的な強さを発揮していったが、こうした気持ちが乗って来たときの勢いは豪栄道の1つの強力な武器であり、勝ち進むにつれて逆に慎重になってしまう(ように見える)稀勢の里とは対照的だ。
さて、今場所は初の綱取りを迎える。番付発表以降、朝稽古には毎日、マスコミが大挙、押し寄せているが、場所中もさらに過熱ぶりは続くことになる。実は豪栄道にとって、こうした渦中に身を置くことは初めての経験である。大関取りの場所となった平成26年7月場所は場所前から騒がれていたわけではなく、千秋楽直前になって突然、話題が降って沸き、プレッシャーを感じる暇もなく、一瞬のチャンスをモノにして大関に昇進した。
果たして、場所前から一挙手一投足が注目される中で、周囲の雑音にも集中力を乱されることなく、自分のペースを貫き通すことができるのか。綱取り最大のポイントはそこにあると言っていいだろう。序盤5日間を無難に乗り越え、早い段階で勝ち越すことができれば、先場所のように実力プラスアルファのムードも身に纏い、一気に大願成就を果たす可能性もあるかもしれない。先場所全休の横綱白鵬も戻ってくるが、最も手強い敵はむしろ、土俵外に潜んでいるのかもしれない。
〈荒井太郎(相撲ジャーナリスト)〉