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佐野稔の4回転トーク 16~17シーズン Vol.③ 今シーズンの羽生の苦しみが、平昌(ピョンチャン)五輪の大輪につながる

ジャンプは失敗したが、身体は動いていた羽生

 冒頭の4回転ループ、4回転サルコゥと立て続けて失敗。GPシリーズ第2戦「スケート・カナダ」は、ショート・プログラム(SP)でまさかの4位スタートとなった羽生結弦でしたが、身体自体はよく動いていました。むしろ意気込み過ぎての空回り。SP最後のトリプル・アクセルは文句なしの出来でしたし、あそこから生き返ったような演技になりました。

 調子そのものは良かったと思います。今月初めのオータム・クラシックでは、演技後半のジャンプで失敗していましたが、今回はフリー・スケーティング(FS)後半の4回転トゥ・ループは決めてみせました。この大会に向けて、しっかりと滑り込んできた跡がうかがえました。

ただ、自分で自分を鼓舞するために、あえてプレッシャーを掛けるつもりで「次は絶対ノーミスでやります」と宣言したのでしょうが、そこまで言った以上、もう少し結果で応えて欲しかったというのが、正直なところです。

SPが終わった時点で、首位のパトリック・チャン(カナダ)とは10.91点差。逆転できる雰囲気もあったのですが、結局はこの差を埋められず、2位で終わってしまいました。

技術を全面にうち出すことで、演技構成点が出にくいプログラムに!?

FSだけの順位では1位だった羽生が、それでもパトリック・チャンを逆転できなかった最大の要因は、もちろん4回転ジャンプがしっかり決まらなかったことなのですが、私が気になったのは演技構成点の低さです。FSの演技構成点はチャンの91.12に対して、羽生は88.12でした。昨シーズン史上初めて「300点超え」したNHK杯のときなどは、羽生のFSの演技構成点は97.20だったのですから、この点数にはやや物足りなさを覚えました。

 4回転ループに始まり、演技後半に2本の4回転ジャンプを組み込んだ今回の羽生のFSは、テクニカルの要素を全面にうち出した先鋭的なプログラムです。ですが、それを可能にするために、どこか犠牲にした部分があったのではないでしょうか。たとえば後半の過酷なジャンプのために、体力を最後まで維持しておきたかった。そのため表現面がおろそかになったり、演技構成点を後回しにしたプログラムになったりしていたのかもしれません。

 今回のパトリック・チャンや無良崇人のFSを観ていて、あらためて痛感したのですが、4分30秒間の演技のなかで、複数の種類の4回転ジャンプを3本ないし4本成功させようというのは、相当に難しい作業なのです(だからこそ前週の「スケート・アメリカ」で、それを見事にやってのけた宇野昌磨は称賛に値するのですが…)。

 今後手直しすることも可能でしょうが、まずはこのプログラムをベースに成熟させていくべきだと思います。今シーズンの羽生の最大の目標は、3種類の4回転ジャンプを自在にこなせるようになることです。いまの段階で苦労や失敗を重ねながら、技術点を追いかけるようにして演技構成点も高めていく。そういった地道な積み上げが、来シーズンの平昌(ピョンチャン)五輪で、大輪の花を咲かせるはずです。

明確な進化をみせたパトリック・チャン

 FS後半はバテバテでミスの多かったパトリック・チャンですが、今回の「スケート・カナダ」では、随所に進化を感じさせるところがありました。もともと高いスケーティング技術には定評がありましたが、さらに余裕があったというのか、どこか滑りを楽しんでいるように映りました。昨シーズンまでのパトリック・チャンの滑りは、たしかに上手いのだけれど、得点欲しさにガツガツしていると言うのか。その上手さがかえって、私には鼻につく感じがしたのです。

 この夏、練習拠点を移し、コーチをロシア人のマリナ・ズエワに変更したと聞きましたが、その出会いが彼にプラスの化学反応をもたらしたのではないでしょうか。見た目も少し痩せて、若返った印象を受けました。4回転サルコゥに挑戦したことも驚きでしたし、4回転トゥ・ループ‐3回転トゥ・ループの入り方にも変化がありました。

これまでは60mあるスケート・リンクの長い方の側面と、平行に滑って入っていたのですが、今回はいわゆる「ロシア・メソッド」を採り入れ、リンクを横切るようにカーブを描いてから踏み切る入り方に変わっていたのです。

 苦手とされるトリプル・アクセルには、またしても失敗していたものの、失敗の種類が違っていました。これまでのチャンのトリプル・アクセルは、回転軸が外側に外れていくパターンで失敗していたのですが、今回は回転で描く円周の内側に身体が入っていくパターンだったのです。同じ失敗でも、こちらの方がジャンプの内容が良いのです。

「絶対王者」とまで呼ばれた実績の持ち主が、25歳にして変化を怖れず、明らかな進化をはたした。今シーズンのパトリック・チャンは、ひと味違います。

〈文:佐野稔(フィギュアスケート解説者)〉