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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」 (157) “ハード”の不備は“ハート”で補え~リオ・パラリンピックのアクセシビリティ調査を実施

もし、「リオデジャネイロ・パラリンピックをどう評価する?」と聞かれたら、私の印象的には「成功」です。でも、実際のところはどうだったのでしょう? 先日、そんな疑問に答えてくれる発表会がありました。

2020年東京パラリンピックに向けて競技団体支援などを行う、日本財団パラリンピックサポートセンター(通称パラサポ)がリオ大会のアクセシビリティやバリアフリーに関して、観客と選手という2つの異なる視線から調査を実施し、その結果を10月26日に発表したのです。面白い結果が聞けたので、ほんの一部を紹介しながら、20年大会へのヒントを考えてみました。

157_01日本財団パラリンピックサポートセンター(東京・港区)で行われた、リオ・パラリンピックのアクセシビリティ調査発表会より。車いす利用者として目線で、現地調査に加わった、垣内俊哉さん

観客は世界各地から多様多彩。「想定外の想定」を!

観客目線での調査は7名の調査員が現地に行き、開会式前後の9月6日~9日の4日間にわたり、会場内や公共交通機関などを利用して調査した結果をまとめたもので、調査員の一人、同センター顧問で、車いす利用者の垣内俊哉さん(株式会社ミライロ社長)が発表しました。先天性疾病のため車いす生活を送る垣内さん。「僕の目線の高さは106cm。この高さだから、気づけたことがたくさんあった」と言うように、「当事者目線」というのは貴重で、示唆に富んでしました。

例えば、驚き感心したこととして、車いす席に介助者や同行者の席も並べて設置されていたことや、車いすの人も一緒に使えるベンチなどを挙げていました。「日本の施設にも車いす席はあるが、どうしても『孤立』してしまう。リオでは一体感があった」と言うのです。また、盲導犬など補助犬用スペースや、“ふくよかな人”向けの幅広い座席などもあり、チケット販売カウンターは89cmと120cmと高さの異なる窓口が用意されているなど、リオの会場は「さまざまな人の利用」を想定した選択肢の多いものだったようです。

一方、予算不足もあってか、施設や公共交通機関のバリアフリー化は不十分で、課題は多々あったようです。例えば、競技会場や施設面ではガタガタの道路、案内板不足、ちょうど目線の高さに柵がある車いす席などなど。公共交通機関では特にリオ大会用に整備されたバスの高速輸送システム、BRT(ビーアールティー)に課題が多く、例えば、道路の中央分離帯につくられた駅へのアプローチ通路は長く(60~80m)、急な傾斜(6~8度)で、車いす一人での移動は困難だったそうです。

とはいえ、垣内さんが特に強調していたのは、「バリアフリーは不十分でも、リオではボランティアやスタッフのサポートが厚くかった。(施設整備に)お金をかけることが全てでなく、小さな工夫で実現できることは意外にある」ということ。実際、リオのボランティア多くはポルトガル語のみで、「言葉の壁」はありましたが、「役に立ちたい」という思いにあふれ、私もそんな姿に心強さを感じたものです。

“ハード”は難しくても、“ハート”は今すぐ変えられる

パラサポはまた、選手目線での調査も行いました。大会閉幕後の9月29日から10月21日の期間に、競技団体を通じて選手やスタッフにアンケート調査を行い、選手村、競技会場、移動、総合的観点についてそれぞれ1~5点で評価してもらったところ、15競技129名から回答を得たそうです。

結果をみると、ほぼ3点以上と比較的高評価でしたが、それぞれ細かい不満箇所もありました。選手村ではバリアフリーや水回りの設備に不満が聞こえたり、競技会場では空調や座席位置に課題が見えたほか、視覚障害者対象のゴールボールなど「音が頼りの競技」では遮音への配慮や試合中は静かに見守るといった観戦マナー不足などが指摘されていました。

移動面では、選手村から遠い会場で行われた競技の選手ほど低評価だったそうですが、当然といえば、当然でしょう。総合評価としてはパラリンピック出場回数の多い選手ほど評価は低く、過去の大会と比較すると、リオには「アラ」が見えたのかもしれません。

とはいえ、やはり選手たちも、「人」の部分では高い評価だったようです。発表会に同席した、アテネ、北京、ロンドン大会に射撃で出場経験のある田口亜希さんは、「観客の盛り上げ方やつくり物でない応援姿勢がよかった。ボランティアにも、『どうにかしよう』という意識が見えた」と指摘したほか、ボッチャで初の銀メダルを獲得した杉村英孝選手(電動車いす)は、「始まる前は不安視され、実際に不具合もあったが、競技への支障はなかったし、スタッフやボランティアが明るく、陽気な国民性などソフト面で救われ、楽しく過ごせた」と話しました。また、柔道で銀メダルを獲得し、リオ後に現役引退を表明した廣瀬誠選手は、「ハード面では過去の大会でも一長一短あった。ハート面が事務的だと味気ないが、リオはすごくいい印象でパラリンピックを締めくくることができた」と感想を述べました。

リオ大会は過去大会に比べて、日本でもNHKでライブ中継されるなど報道も多く、関心度も高まったと思います。杉村選手も、「ボッチャは初のメダル獲得で注目され、帰国後は声をかけられることも増えた。パラリンピックを通してこんな障害や競技があると知ってもらえた」と話し、廣瀬選手も「今回、いろいろ取材され、(弱視という)僕の見えにくさを知ってもらうことができた。スポーツを通して障害の理解が進むことがあると実感できた」と言っていました。これもリオ大会の果たした役割の一つでしょう。

また、障がい者目線で現地調査を行った垣内さんによれば、日本のバリアフリーはハード面では世界と比べても進んでいるそうです。でも、「仮にハード面はすぐに改良できなくても、人の“ハート”は今すぐ変えられる」と私たちの「意識」面の変化を訴えていました。今の日本には、「見て見ぬふりの無関心」か「おせっかい」かの二極化が見られるそうです。その要因は「誰がどのように困っているのか」「どのようにサポートすればいいのか」など「知らないこと」にあると指摘します。

田口さんは、「パラリンピックは選手だけのものでも、障害者だけのものでもなく、誰にとっても“チームジャパン”として一つになれるもの。東京大会に向けて、皆で一緒にそんな社会を作っていけたら」とまとめていましたが、パラリンピックの開催にはバリアフリーを考えたり、障害の有無や国籍などさまざまな「違い」を実感したりといった側面もあります。20年大会開催については連日、さまざまな課題が取り沙汰される現在ですが、こうして話題になることも「プラス」ととらえ、前向きな方向で進んでいくことこそ、パラリンピックのレガシーなのだろうと思います。

(文・写真: 星野恭子)