NBS創設記念!! 荒井太郎のどすこい土俵批評①稀勢の里綱取り場所……これでいいのか?横綱審議委員会!(荒井太郎)
7月場所で綱取りを目指す稀勢の里には、10年ぶりとなる日本出身横綱誕生の期待がかかる。
「周りから注目されるのは嬉しい。でも気負わず、いつものことを繰り返しやることが一番」。
先の5月場所は横綱白鵬と最後まで優勝を争っての13勝。満を持して名古屋に乗り込んだはずだったが、出稽古先では平幕の栃煌山に苦戦し、横綱日馬富士には完全に圧倒され、不安を残す内容となった。
横綱審議委員会(*1)の内山斉委員長(読売新聞グループ本社社長)は「名古屋場所で全勝優勝すればいいが、優勝しなくても14勝なら」と、優勝なしでも昇進の可能性があるという異例の見解を示唆。北の湖理事長は「優勝といっても12勝では厳しく見られる」とハイレベルの優勝を要求した。
いずれにしても高いハードルではあるが、先場所のような安定した取り口で白星を重ねていけば、あとは周囲の盛り上がりや勢いが後押しをしてくれるに違いない。綱取りは星数もさることながら、「ムード」も重要な決め手になることは、過去の昇進ケースが物語っている。
一方で横審は日馬富士について、今場所の成績いかんでは進退を問うとしている。
先場所は序盤で2敗を喫したものの、その後は立ち直り11勝で場所を終えた。にもかかわらず、内山委員長は「激励の可能性はある。少なくとも13勝ぐらいはしてもらいたい」と言い放った。解釈によっては12勝以下で横審として「激励」を行う可能性に言及している。さらにある委員は「9~11勝が続くなら、九州(のとき)にでも引退の話が出るのでは。横綱は3敗が限度。成績次第では名古屋でも(進退の話が)出てくる」と厳しい。
横審内規の第4項では「横綱の実態をよく調査したうえ全委員の3分の2以上の決議により、激励、注意、引退勧告などをなす(文中一部省略)」とあり、成績不振などが続く横綱に対し、これを適用することができる。
しかし、横審が発足した昭和25年以降、こうしたケースはほんの数例しかなく、過去に鑑みても日馬富士の成績は「激励」に相当するほどでもない。ましてやこの委員の見解を過去に照らし合わせてみれば、詰め腹を切らされる横綱は続出することになり、横綱制度自体が成り立たなくなるだろう。
巡業がない偶数月はイベント等で多忙を極め、本格的な稽古は番付発表以降の2週間足らずというスタンス(ちょっと前にもこんな横綱がいた!)の白鵬とは対照的に、日馬富士は協会の公式行事がないときも、稽古、トレーニングに余念がない。
単純に稽古量の比較でいけば、日馬富士に軍配が上がることに異論を唱える相撲マスコミは皆無のはずである。横審がどうしても「激励」を適用したいというのなら、横審内規第4項にもある「横綱の実態をよく調査したうえ」で行ってもらいたいものだ。
ところで「横綱は神様だから」と特に外国出身力士が口にするのをこれまで何度となく聞いてきた。横綱は相撲界における絶対的存在であり、常に優勝争いをしなければならない。その意気込みやよしとしたいところだが、我々は過去の大横綱に重ね合わせ、理想の横綱像を過度に押し付けることは自重するべきだろう。
こうした“幻想”が当の横綱には“呪縛”となり、個性派、あるいは技能派、異能派と言われる横綱の寿命をいたずらに縮めることになりかねない。今の横審も、命を削って土俵を務める横綱に対し、権限をちらつかせながらあれこれと物申す前に、大相撲に対する深い愛情とそれ相当の見識を持ってもらいたいものだ。
横綱は神様などでは決してない。白鵬が尊敬してやまない不世出の大横綱、双葉山は過去にこんな言葉を残したそうだ。
「横綱とは他の力士よりちょっと強いだけで、偉くも何ともないんだ」。
*1)横綱審議委員会…横綱の推薦および横綱に関する諸種の案件について、日本相撲協会の諮問に答申し、あるいは進言する機関。横綱昇進の条件として、①品格、力量が抜群、②大関で2場所連続優勝、③またはそれに準ずる成績、などといった内規がある