「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」 (144) リオ諦めた義足ジャンパー、ロンドンに望み
ノーボーダーでパラスポーツの寄稿を始めてから今号で3周年となりました。
この間、国内外のパラリンピック関連ニュースを独自にまとめた「パラスポーツ・ピックアップ」を軸に、内容に応じて「スペシャル」や「パラスポ・トピック」などシリーズタイトルを変えて約140本のコラムをお届けしてきました。4年目に入るこのタイミングで、「パラスポーツ・ピックアップ」に一本化し、さらに充実させていきたいと思います。9月にはリオ・パラリンピック現地リポートなどもお届け予定。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
「走り幅跳びのパラリンピック金メダリスト、リオ・オリンピックを断念。義足の有利性を否定しきれず・・・」
――7月2日、パラスポーツにとって少々残念なニュースが、日本はもちろん、英国BBCや米国スポーツ専門局「ESPN」など世界中で一斉に報じられました。
ニュースの主人公は、ロンドン・パラリンピックで金メダルを獲得した、右脚膝下義足のジャンパー、マルクス・レーム選手(ドイツ)です。2年前の夏、ドイツ最高峰の大会「ドイツ陸上競技選手権」で8m24を跳び、オリンピアンら健常者を抑えて義足選手として初めて「ドイツ王者」となり、一躍、「オリンピック出場も」と注目されました。彼はその後も順調に記録を伸ばし、昨年のパラ陸上世界選手権(カタール・ドーハ)では8m40をマークし、自身がもつT44クラス(片下腿切断など)の世界記録を更新。この記録はロンドン・オリンピックの優勝記録(8m31)を上回り、リオ大会の参加標準記録8m15もクリアするハイレベルなものでした。
でも、「反発力の高いカーボン繊維製の義足で踏み切るのは、人間の脚より有利ではないか?」といった意見も根強く、国際陸上競技連盟はとうとう、「義足に有利性がないことを選手自身が証明すること」を出場条件に設定。レーム選手は専門家らの協力を得てここ数カ月、検証を試みましたが、集められた科学的データは「義足は助走では不利だが、踏切には有利」といった内容にとどまり、現時点では、「有利性はない」と証明しきれず、レーム選手はリオ五輪出場を断念したようです。
このニュースを聞いて、私は「残念だな」と思いました。というのも、昨年の「ドーハ世界陸上」で優勝した際、「オリンピックに出たいですか?」と聞いた私に、「出たい。でも、僕はあくまでもパラリンピック・アスリート。そのことを誇りに思う。パラリンピアンも素晴らしいアスリートであり、素晴らしい結果を出している選手がたくさんいることを多くの人に知ってもらいたいだけ。オリンピックという世界最高峰の大会で健常の選手と戦うことは、その大きなチャンスの場なんだ」と話してくれました。つまり、彼はオリンピックで健常者を倒して金メダルを得ることが目的ではなく、パラリンピアンの力を、その陰にある努力も含めて、知ってもらうチャンスがほしいと願っているだけなのです。
パラリンピアンにはパラリンピックという世界最高峰の舞台が用意されています。でも、残念ながら、その認知度や注目度、そしてアピール力は、オリンピックに比べるとまだまだ、です。オリンピックの舞台で義足の選手が健常者と肩を並べるジャンプを見せたときのインパクトは、とても大きいはずです。レーム選手もそれを望んでいるだけです。
私は、健常者の世界選手権で車いすレースなどがエキシビション(公開種目)として実施されているように、リオ・オリンピックでもエキシビションでもいいから、レーム選手にジャンプのチャンスが与えられたらよかったのに、と思います。それは、その後に開催される、リオ・パラリンピックの大きなピーアールにもなったはずです。2012年のロンドンで、南アフリカのオスカー・ピストリウス選手が義足ランナーとして史上初めてオリンピックに出場を果たし、その後のパラリンピックも大いに盛り上がったように・・・。
とはいえ、報道によれば、今回のレーム選手と国際陸連との議論は、「とても建設的で、前向き」なものだったそうです。そして、国際陸連は今後、義足の有利性の有無を検証する作業部会を発足させ、レーム選手本人もそのメンバーに加わるそうです。作業部会に選手本人が加わるのは大きな一歩だと思います。これまでより公平にオープンにさまざまな視点からの検証や議論も期待できるでしょう。結果しだいでルール改正となれば、来年夏にロンドンで開催予定の「健常者と障がい者の世界選手権」へのダブル出場も夢ではありません。
こうして話題となり、注目を集めることも、それだけパラアスリートの力が世界にインパクトを与えるものになってきたからであるのは間違いありません。リオ・オリンピック出場については少々残念な結論となりましたが、9月7日から開幕するパラリンピックでは、日本代表選手たちへのエールとともに、レーム選手の「オリンピック級のジャンプ」にも、ぜひご注目ください。
(文: 星野恭子)