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パラスポ・トピック (20) 義足アスリート、山本篤が世界新! 記録ラッシュに沸いた、日本パラ陸上選手権

4月30日から5月1日にかけて鳥取市コカ・コーラウエストスポーツパーク陸上競技場で行われた、障がい者陸上の日本一決定戦、日本パラ陸上競技選手権は“記録にも記憶にも残る大会”となりました。快挙の一つは、リオデジャネイロ・パラリンピック代表に内定している、切断・機能障がいクラスのT42(大腿切断など)山本篤(スズキ浜松AC)選手が走り幅跳びで塗り替えた世界新記録です。マークした6m56は自身のもつ日本記録を20cmも上回り、また昨年デンマーク選手が樹立した世界記録6m53を3cm上回る、快心のジャンプでした。

20_01 走り幅跳びで6m56の世界新記録を樹立した山本篤選手=2016年5月1日/撮影:星野恭子

「嬉しい。世界記録はずっと出したいと思っていたので。今日はアップから調子がよく、あとは条件が揃えばと思っていた」と喜びを語った山本選手。昨年秋のドーハ世界選手権で2連覇を達成し、「一度は世界新記録を出したい」と次の夢を語っていましたが、見事に有言実行です。

その陰には、自ら義肢装具士の国家資格をもち、大阪体育大学大学院でバイオメカニクスなどを学ぶ研究熱心さがあり、そうした理論に基づいた計画的な練習による肉体的強化がありました。そうして、世界新の夢は叶えた山本選手ですが、「今日のジャンプで、(6m)70や80が見えたので、次はそこを目指したい」とまだまだ先を見据えます。

また、今年はもう一つ、夢実現のチャンスが待ち構えます。ドーハでの金メダルで、リオパラリンピック代表内定を得ている山本選手ですが、2008年北京パラリンピックで銀メダル獲得、世界選手権では2連勝しているものの、最高峰のパラリンピックの頂点はまだ。「リオでは金メダルを獲れるジャンプをしたい。記録が良かろうが悪かろうが、金メダル(獲得)に徹したい」と意気込みます。

今日の世界新で、「金はだいぶ近くなったかな」と語った山本選手。あと4カ月、さらなる自信を積み上げ、心身共に万全の状態でリオに臨んでほしいものです。

20_02 山本選手のジャンプ=2016年5月1日/撮影:星野恭子

この山本選手の世界新を筆頭に、今大会は本当に好記録連発の大会となりました。山本選手の記録を除いても、2日間でアジア新記録が2、日本新が22、日本タイが1、大会新が40も誕生したのです。特に山本選手と同じ切断・機能障がいクラスは好調で、T44(ひざ下切断など)の中西麻耶(大分県身体障害者陸協)選手も走り幅跳びで自己ベストを3cm更新する5m51のアジア新記録をマークしました。

この記録は今季世界1位であり、リオ代表候補として一歩前進した中西選手は、「もし(代表に)選ばれれば、『今季世界1位選手』としてリオに入りたい。そのために、まだ記録を伸ばしておきたい」と高みを見つめます。また、大分県出身で、大会前には震災の激励にと地元の小学校を訪問したと言い、「また、頑張ってきたよと報告して少しでも力になりたい」と話していました。

もう一つのアジア新記録は、同クラスの高桑早生(エイベックス)選手で、100mで13秒59をマークして、自身のもつ日本記録も0秒1、塗り替えました。「2年前に出した日本新とは、別人とはいかないまでも、レベルアップしています。違う走りはできたと思う。でも、これではまだ、パラリンピックで決勝に残れるかどうか。気を抜かず、もっと伸ばしたい」と、さらなる進化を誓っていました。

■鳥取市で初開催

一方、記憶に残る大会については、今大会は27回目にして選手権史上、初めて大阪市・長居競技場以外で開催された大会となったのですが、鳥取市は熱心な招致活動によって歴史を動かしました。例えば、バリアフリー化を含む競技場の改修のほか、大会本番を盛り上げるべく、事前PRにも取り組みました。そのかいあって、会場の入場者数は両日とも約3000人。老若男女取り混ぜて、計6000人を集めました。

観客席からの大きな声援も、「好記録」を後押ししたのは間違いありません。世界新を出した山本選手は、12年ロンドンパラリンピックを振り返り、「いいジャンプなら、『ワー』と盛り上がり、失敗ジャンプなら、『アー』と聞こえ、「パフォーマンスに影響した。国内大会では初めて同様の雰囲気が今大会で味わえたと話し、記録更新には「観客の雰囲気は大切。鳥取は最高」と笑顔でした。

選手を満足させる雰囲気づくりが地方大会で実現したわけです。日本パラ陸上競技連盟関係者らも、「大成功。鳥取市に感謝」と口にしていたほど。その詳細は後日、またリポートしたいと思いますが、とにかく、記憶に残る大会であったことは間違いありません。

(文・写真:星野恭子)