佐野稔の4回転トーク vol.⑯~ロシア勢の層の厚みを見せつけられた日本女子 納得いくまで滑り続けて欲しい浅田真央
あまりに良過ぎたロシア勢 復権のアメリカ勢
女子の世界選手権は1位から8位までを、ロシア、アメリカ、日本の3ヶ国から出場した8選手で占める形で終わりました。そのなかで日本勢は10大会ぶりに表彰台を逃すこととなりましたが、今回に関してはロシア勢、アメリカ勢の出来が良過ぎました。
これでエフゲニー・メドベージェワ(ロシア)は、シニアデビューのシーズンに、グランプリ(GP)・ファイナル、ロシア選手権、欧州選手権、世界選手権をすべて制覇。テニスの‘グランド・スラム’に相当するような快進撃でした。ショート・プログラム(SP)では、基礎点が1.1倍になる演技後半に、3つのジャンプすべてを組み込む戦略性に富み、片手をあげてのジャンプを軽々とこなす高い技術、愛らしいキャラクターも持ち合わせた、恐るべき16歳です。現時点で、平昌(ピョンチャン)五輪の金メダルに、最も近い存在だと言えるでしょう。
また、アメリカ女子の世界選手権表彰台は11大会ぶりになるそうですが、2位のアシュリー・ワグナーについては、今シーズン始まりの段階から、これまでと違った安定感があり「変わったな」と思わせる演技をしていました。ベテランでありながら変化を怖れない向上心が、ここに来て報われた銀メダルでした。グレイシー・ゴールドはSPがひじょうに素晴らしかっただけに、フリー(FS)冒頭でのジャンプの転倒が悔やまれます。
ここ数年GPシリーズのアメリカ大会では、会場に空席も目立っていたのですが、今回のボストン・TDガーデンはビッシリとお客さんで埋め尽くされて、ひじょうに良い雰囲気でした。私の現役時代にも経験がありますが、やはりアメリカのお客さんはエンタテインメント慣れしていて、選手を盛り上げるのがすごく上手い。滑っていて、どんどん気持ちが良くなるのです。フィギュア大国アメリカの復権は、世界全体のレベルを押し上げていくことでしょう。
ロシアに対抗するには、GOEと演技構成点をどう稼ぐか
昨シーズンの世界女王エリザヴェータ・トゥクタミシェワの不在がまったく気にならないほど、ロシア女子の選手層には厚みがあります。彼女たちにどう対抗するのかは、日本女子に突きつけられたテーマです。
今回は5位に甘んじた宮原知子でしたが、2位になった去年の世界選手権より、演技そのものはむしろ良かったと思います。回転不足となったSPの3回転フリップにしても、ひじょうに微妙な判定でしたし、彼女自身の得点だけで比較をしても、去年が総合193・60で、今年は210・61と大きく上回っています。本郷理華にしても、表情豊かな伸び伸びとした演技で、自己ベストとなる得点をマークしました。それぞれにベストを尽くした印象です。
いまのフィギュアの採点は、技術点と演技構成点の2つに、大きく分けられます。そのうち技術点は、各要素の基礎点にGOE(出来栄え点)を加減して算出されるのですが、女子FSのプロトコル(採点表)を細かに見ていくと、宮原知子の基礎点62.96は、優勝したメドベージェワの62.33を上回っていたのです。では、どこでメドベージェワに差をつけられたかと言えば、各要素のGOEと演技構成点です。
練習環境に恵まれ、ジュニア時代から技術と表現の両方を磨きあげ、いかに高い得点を稼ぐかに注力しているロシアの女子選手と渡り合っていくには、ジャンプの質をあげるなどしてGOEを高めること、緻密な戦略に基づいた演技構成、表現力を磨いていく必要があります。スケートリンクの事情など、環境に制約のある日本で、ロシア勢に対抗できる選手をどう育成していくのか。ひじょうに難題ではありますが、私自身も試行錯誤して、取り組んでいきたいと思います。
浅田真央には、納得のいくまで競技をやりきって欲しい
迷いのSPから納得のFSと、ソチ五輪を思い起こさせるような今大会の浅田真央でした。冒頭のトリプル・アクセルが回転不足になるなど、FSでもジャンプのミスは相次ぎましたが、演技を終えた直後の氷上の彼女には、できることを「やり切った」表情がうかがえました。
今回のFSを見ても分かるように、浅田の技術や表現力は、いまなお世界のトップレベルにあります。大会前から左ヒザに痛みを抱えていたそうですが、来シーズンも競技を続けるのであれば、昨年末の全日本選手権から回避していたSPの3回転-3回転の連続ジャンプに再び取り組むことが、勝負のカギをなるように思います。今シーズンの前半は3回転フリップ-3回転ループにトライしていましたが、ループだと回転不足のリスクも高いので、後半の3回転はトゥ・ループにしてみるのも、ひとつの考え方です。いずれにせよ、彼女の技術を持ってすれば、充分可能なはずです。
大会後、浅田本人も現役続行を示唆するコメントをしていましたが、彼女には「もう、やり残したことは何もない」と思えるくらい。納得のいくまで、やれる限り、とことん競技生活をやり切って欲しいと思います。今回、憧れの浅田を前にしたメドベージェワの、微笑ましい様子がクローズアップされていましたが、それくらい浅田真央は世界のフィギュアに大きな影響を与えた偉大な選手です。彼女の進退は、彼女自身が決めること。ほかの何物にも左右されてはいけない。浅田真央はそれが許される、数少ない選ばれたスケーターなのですから。
〈文:佐野稔(フィギュアスケート解説者)〉