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佐野稔の4回転トーク vol.⑮ ~みずから望んだ高い壁に優勝を阻まれた、羽生結弦の世界選手権

歴代最高超えを目指した4回転サルコゥ‐3回転トゥ・ループ

まさかの2位でした。採点こそわずかに及ばなかったものの、羽生結弦のショート・プログラム(SP)は、世界歴代最高得点を樹立した去年のグランプリ(GP)・ファイナルのときと遜色ない、素晴らしい滑りでした。SPが終わった時点で、2年ぶりの世界王者は間違いなし。あとは、どこまで得点を伸ばすのかに、注目していたのですが…。

最大の敗因は、フリー(FS)での4回転サルコゥの失敗です。本来、世界選手権はシーズンの集大成。そのシーズン取り組んできたプログラムの、最も完成型に近い演技を披露して、選手は勝負するのが通例です。ですが羽生は今回、これまで4回転トゥ・ループ‐3回転トゥ・ループだった後半のコンビネーション・ジャンプを、4回転サルコゥ‐3回転トゥ・ループに変更して、あえて難度を高めていました。その意図は、みずから持つ世界歴代最高330・43点の更新を目指していたからだと見て、間違いないでしょう。

冒頭の4回転サルコゥは、けっして悪いジャンプではありませんでした。ただ、あまりに力が入ってしまい、高く跳び過ぎてしまったため、着氷のタイミングが合わなかったように映りました。羽生自身「後半の4回転サルコゥに、すごく不安があった」と振り返っていましたが、そうしたわずかな心の動きによって、大きく成否が左右されてしまうのが、フィギュア・スケートの難しさなのです。

そして迎えた後半の4回転サルコゥは、完全な失敗ジャンプ。身体が硬くなって、まったく跳べていませんでした。それ以降は、自分自身のコントロールが利かなくなり、いつもの滑りを取り戻せないまま、4分30秒が過ぎていってしまいました。演技構成点とSPの‘貯金’のおかげで、総合2位にはなったものの、FSの技術点だけを抜き出せば、総合3位の金博洋(ボーヤン・ジン・中国)にも劣っていました。もっと順位を落としていても、おかしくない内容でした。

大会後に公表された左足甲の靱帯損傷の影響もあったのかもしれませんが、言うなれば、羽生みずからが望んで挑んだ高い壁に、まんまとはね返される形になってしまった、今回の世界選手権でした。

勝利の女神が舞い降りていたハビエル・フェルナンデス

そんな羽生を逆転して、ハビエル・フェルナンデス(スペイン)が2連覇を飾りましたが、今回のFSに関しては、まったく非の打ちどころのない。世界王者の称号にふさわしい演技でした。SPのときには羽生に降りていたはずの勝利の女神が、中1日空いてみたら、フェルナンデスに舞い降りていた。そう言いたくなるくらい。GPファイナルの羽生のFS同様、あらゆる要素がことごとく完璧に噛み合っていました。

そんなフェルナンデスの直後に滑走しなくてはならなかったのは、宇野昌磨にとって、かなり酷なことだったでしょう。ただでさえ、世界選手権初出場。ジュニアのGPファイナルや世界選手権とは、まったくの別世界だと感じていたはずです。

大会終了後は「今すぐにでも来シーズンに向けて練習したい」と話していましたが、SPでは、やや不安定だった4回転トゥ・ループで着氷して、メダルも狙える順位に付けていただけに、悔しさは一層募ったことでしょう。去年の全日本選手権、今年2月の四大陸選手権、そして今大会と、SPでは好位置に付けながら、いずれもFSで順位を落としてしまったのは、今後への課題です。

とはいえ、来シーズンの日本男子の世界選手権出場枠を「3」に戻すことができたのは、宇野が総合7位に入ってくれたおかげです。FS後半に4回転トゥ・ループ、トリプル・アクセルを2本入れる難度の高い新しい構成に挑戦した意気込みと、その健闘を大いに称えたいと思います。

300点を出さずには、もはや世界の頂点には立てない時代!?

優勝したハビエル・フェルナンデスの総合得点が、男子フィギュア歴代3位となる314.93。2位に終わった羽生結弦も、じつは295.15の高得点でした。昨シーズンの世界選手権では、優勝したフェルナンデスが273.90点、同じく2位の羽生が271.08点でしたから、今大会の羽生のスコアなら世界一になっていても、おかしくなかったのです。

去年11月のNHK杯で、羽生が史上初の総合300点超えを達成してから、GPファイナル、欧州選手権、そしてこの世界選手権と、優勝者の得点は、いずれも300点超えでした。総合290点台だった四大陸選手権優勝のパトリック・チャン(カナダ)にしても、FSの得点が200点を超えていました。

この2015~16シーズンに、世界のトップ・オブ・トップの男子フィギュアは、尋常ならざるレベルアップをしたのです。それを牽引してきたのは、羽生とフェルナンデス。ブライアン・オーサーを師に持つ「チーム・ブライアン」のふたりです。おそらく来シーズンの羽生は、4回転ループを組み込んだ、さらに難易度の高いプログラムに挑戦することでしょう。その先にある18年平昌(ピョンチャン)五輪を見据えた戦いは、すでに始まっています。

〈文:佐野稔(フィギュアスケート解説者)〉