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NBS創設記念!! 日本柔道と体罰〜〜その根本問題は?(溝口紀子)

この原稿は、今年3月5日に外国特派員協会の昼食会に招かれた溝口紀子さんが、記者たちとの質疑応答の前に、冒頭スピーチとして話されたものです。そのとき、ともにスピーカーとして招かれた本サイト主筆・編集長は、そのユーモアもまじえた素晴らしい内容を耳にして、一人でも多くの人に彼女のスピーチを知ってもらいたいと思い、NOBORDER-SPORTS創設記念原稿として公開してもらうようお願いしました。

当時は、まだ全柔連による「受精金不正受給問題」も、全柔連幹部理事による「セクハラ事件」も表沙汰にはなっていなかった時期で、主要な問題は、日本代表候補に選ばれた15人の女子柔道選手が、代表監督の暴力行為を告発したことですが、さらに、全柔連や講道館にまつわる日本柔道の根本問題を鋭く指摘している原稿として、多くの人に是非とも読んでいただきたいと思います。

バルセロナ・オリンピック女子柔道の銀メダリストでもある溝口さんは、本来、全柔連の幹部の一人として、日本柔道の真の改革に(山口香さんとともに)取り組んでいただきたい人物だと確信しますが、なぜか彼女を(山口さんも)全柔連の組織に招こうという動きは(今のところ)ありません。そこで、これからも、日本柔道の問題点、その核心、そして真の改革案……等々を、本サイトで発表していただこうと思います。

その第1弾が、この原稿というわけです。以下、溝口さんの原稿を御一読下さい(以上、玉木記)。

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I am honored to be here today.

Recently, I have talked in many places to many people about this important issue in Japan. Those were national events.

Today, at the Foreign Correspondents Club, it feels like an International event. I feel like I am at the Olympics again.

I want to speak on behalf of women Judokas, I hope to promote the democratization of sports in Japan, with today's speech,

The petition by the 15 judokas is a "turning point in Japanese thinking."

It embodies Olympism,

 

スピーチの論点は、3つです。

1つめに、なぜ私がこの問題にかかわるのか、

2つめに、問題の本質はどこにあると考えているか、

3つめに、改革の方向性です。

 

まず一つめの「なぜ私がこの問題にかかわるのか」についてですが、内部の柔道家が発言しないなかで、言論の先端に立たなければいけないとおもった理由は、二つあります。

第一の理由は、勇気をだして告発に踏み切った15人の女性柔道家を、同じ女性柔道家として、そしてオリンピアンとして、後押ししなければならないと思ったからです。

第二の理由は、この事件は一組織の内部抗争では決してなく、日本のスポーツ界における思想の転換期におきた事件であり、そのように明確に位置づける意義は大きいと判断したからです。

2つめの論点、「問題の本質はどこにあるか」についてですが、柔道界は、「家元制度」という特殊な構造をもつスポーツ団体であり、これまで幾度も「覇権争い」として国内外で醜い内部抗争を繰り広げてきました。したがって、今回の女性柔道家の告発も、たんなる「お家騒動」ではなかろうかと指摘する報道も一部にありました。

しかし、スポーツ社会学者としての視点から分析すると、この事件は決して偶然に起きたのではなく、また内部の「覇権争い」に端を発するものではなく、「スポーツの民主化」という社会の潮流のなかで起きたものであると考えました。

今回の事件は次のような一連の流れの中で起きております。

まず、3年前に、「柔道事故被害者の会」が発足しました。

これは、中高の学校現場で、28年間で114名の子供たちが柔道事故で死亡しており、その遺族により設立されたものです。

その後、内柴事件、ロンドン五輪での惨敗というネガティブな出来事が続きました。

その一方で、スポーツ基本法の制定、中学校の武道必修化、五輪招致運動というポジティブな事象も起きています。今回の「事件」はこのような大きな流れの因果の連鎖のなかでとらえる必要があると思われます。

今日私たちが直面している「日本スポーツ史上危機的な状況」は、これまで勝利至上主義で進められてきたスポーツ施策や日本のスポーツの中にある服従的、封建的な体質を見直すきっかけをもたらしつつあります。

言い換えれば、「体罰」といった、戦争中に作られた伝統への疑問をもつこと、そしてこれまで柔道界で蔑視されていた弱者であった女性が、「権力や暴力」に対して「NO」と声をあげたこと、それらは人権意識やスポーツの社会的価値、すなわち「スポーツ権」が、日本社会において深く根付き浸透したことの反映にほかなりません。

私が柔道界における体罰について警鐘を鳴らしたのは、2年前にフランスのレキップ・マガジンに論文を投稿したことが最初でした。当時は、先ほど述べた「柔道被害者の会」が設立され、柔道の部活動中における死亡事故が他のスポーツと比較すると顕著に多いことが指摘された時期でした。

その柔道事故の原因を3つ指摘しました。

1つは加速損傷によるもの、2つ目に全国に統一された指導指針の不在(指導者制度)、3つめに体罰による行き過ぎた指導です。

当時の日本柔道界では体罰は容認されている状況にあったので、公言は時期尚早と考え、日本ではなく柔道大国のフランスから発信することで少しずつ国外から警鐘を鳴らしたいと思い、意図的にフランスの一流雑誌で、フランス語で発言することから始めました。

その後、ロンドンオリンピックでの日本柔道の惨敗、そしてナショナルチームでの暴行、パワハラという柔道の不祥事が続き、これらは個人的な問題ではなく組織の体制に深く根ざす危機的な問題であることを確信しました。

またこれらの問題は、2011年4月、私が静岡県教育委員会委員に就任して教育現場の指揮監督するようになって以来、柔道だけでなくスポーツ、教育現場の問題として取り組まなければ、体罰による死亡事故はなくならないと確信するにいたりました。

このように、全柔連の不祥事の本質は、単なる「お家騒動」や組織内の派閥抗争ではなく、非暴力化、民主化へ社会の根本的価値観の転換の発現であり、この思想の転換期であることをふまえることで真の意味での組織改革につながっていくのではないでしょうか。

次に3つめの論点、「改革の方向性」について述べます。

現在の全柔連は、公益法人であるにもかかわらず自浄能力がなく、組織としてのマネジメントは稚拙であるといわざるを得ません。ドラスティックな改革をするには外部の力を借りざるを得ない状況にあります。

連盟を改善するためには、第三者委員会が入り、大所高所から組織の問題点を浮き彫りにし、文科省の指示のもとガバナンスをきかせた組織に改善するべきだと思います。

組織改革の上で最も重要な点は、家元組織の講道館と全日本柔道連盟の会長が兼務している現状に抜本的なメスを入れることです。会長や役員が両組織の同一人物であることで、権力が集中し、公益法人としての組織の在り方にゆがみが生じることは自明であります。

また隠蔽体質から脱却するために、理事には複数の女性や、視覚障害者柔道、柔道事故専門家、法律関係者などの外部の有識者から構成されるべきであると思います。さらに国際的競争力をつけるために、国際的インテリジェンスの獲得には外国人の登用も必要でしょう。

そして、これまで多額な補助金や放映権の収入を得ることを中心として強化事業を組み、連盟運営が進められました。その一方で柔道登録者の顕著な減少、柔道事故の死亡件数の多さなどからもいえるように、柔道の普及や安全という視点は蔑ろにされてきました。

もちろん金メダルの栄光、チャンピオンの存在は連盟にとっては大切なことではあります。しかし、柔道の本当の素晴らしさは勝つことだけではなく、負けて挫折を経験し、そこからどう立ち上がるのかという人格陶冶にあり、安全や普及に重きを置かなければ、金メダルを量産しても意味のないものになってしまいます。

最後に、2020年の東京五輪招致のこの時期に起きた今回の事件は、本当の意味でスポーツの民主化、オリンピズムが浸透してきたことの何よりのあかしである、といえるのではないでしょうか。

これまで五輪招致の理由や目的は、経済効果、インフラ整備などに重点が置かれてきました。しかし、今回の東京招致は、人間の尊厳、人権意識、非暴力化などの日本思想の転換と軌を一にするものであり、そうであるからこそ、一過性でない真のオリンピック・ムーブメントが起きていると私は断言できます。

2020年の東京オリンピックの招致の成功は、非暴力化、スポーツの民主化をさらに促進するものであることはいうまでもありません。

2020年の東京五輪招致の成功を切に願い、スピーチを終了します。

ご清聴ありがとうございました。