佐野稔の4回転トーク vol.⑭ ~世界女王が視野に入った「新ミス・パーフェクト」宮原知子~四大陸選手権より
ノーミスを当たり前に感じさせる宮原知子のスゴさ
今シーズンの桁外れの安定ぶりを見ていると、ノーミスで演じることも、優勝するのも、まるで当たり前のことのよう。これが主要な世界大会での初制覇だという感じがしないくらい。いつもと同じく宮原知子が、ショート・プログラム(SP)とフリー・スケーティング(FS)で、ミスのない演技を揃え、四大陸選手権初優勝しました。
軽々に言ってしまいましたが、いつも変わらずミスのない演技をくり返すことが、どれだけ難しいことなのか。彼女がやっていることは、ちょっとやそっとでは真似ができません。もしかしたら一般のフィギュア・ファンの人たちよりも、我々のような元スケーター、フィギュア関係者の驚きのほうが大きいのかもしれません。本当に特筆すべき、大変なことなのです。
ジュニア時代の宮原は、常にジャンプの回転不足に悩まされていた選手でした。現在ではその面影すら感じさせず、抜群のジャンプの成功率を誇るようになっています。彼女の代名詞となった豊富な練習量の賜物です。ただし、ループのジャンプだけは、まだ発展途上の部分があるようです。うまくループを利用して、フリー・スケーティング(FS)に3回転-3回転のコンビネーションを組み込むことができれば、宮原の点数はさらに伸びる余地があります。それでも、濱田美栄コーチとの綿密な戦略のもと、3回転-3回転のコンビネーション抜きの現段階で、最大限の点数を積み上げることのできるプログラム構成がなされています。
また、同じことをやり続けているように見えて、じつは少しずつ少しずつ進化もさせています。試合を重ねるごとに表現力を身に付けて、魅せることが上手くなっているのです。今回ショート・プログラム(SP)、FS揃って自己ベストを更新できたのは、そうした細かな改良の成果でしょう。今大会の総合214.91点は、今年1月の欧州選手権で優勝したエリザベート・メドベジュワ(ロシア)のスコア215.45と遜色ありません。
今回テレビ中継のアナウンサーが、宮原のことを「ミス・パーフェクト」と実況していましたが、ご存知のとおり、この称号は元々、世界選手権優勝5回、98年長野五輪銀メダリストである名スケーター、ミシェル・クワン(アメリカ)に与えられていたものです。ノーミスだったことを驚くのではなく、ミスをしたときに「珍しいことが起きた」と驚くレベル。今シーズンの宮原は、フィギュア界における自分の「地位」や「格」を、かなり高めたと言えるでしょう。新たな「ミス・パーフェクト」と呼ぶにふさわしい選手になりました。来月アメリカ・ボストンで開催される世界選手権の頂点は、充分手の届くところにあります。
「お帰りなさい」と言ってあげたい長洲未来の表彰台
SPが終わった時点では、1位宮原、2位が村上佳菜子、4位に本郷理華と、欧州選手権でのロシア勢と同じように「表彰台独占」も期待したのですが、そう簡単なことではありませんでした。今シーズンの村上には、最後までFSの不安定さがついてまわりました。本郷に関しては、FS冒頭のコンビネーションジャンプの転倒がもったいなかった。また全米選手権では圧倒的な演技を披露して、優勝候補に目されていたグレイシー・ゴールドも、力を発揮できずに終わりました。いずれにせよ、いまの宮原に勝つためには、ミスは許されません。
そのなかで「お帰りなさい!」と、思わず言いたくなったのが、2位に入った長洲未来(アメリカ)です。あれだけ良い滑りを見せてくれたのは、いつ以来のことでしょうか。ソチ五輪には出場できず。昨シーズンはケガもあり、一度も表彰台に昇ることができませんでした。2年ほど前から、高地であるコロラドスプリングスに練習の拠点を移したと聞きますが、今回FSの4分間を最後までしっかりと滑り切ることができたのは、ここに来て環境を変えたことが、実を結び始めたのかもしれません。今回の長洲の活躍は、いまスランプや低迷に苦しんでいる世界中のスケーターたちに勇気を与え、励みとなることでしょう。
見どころいっぱいだった四大陸選手権。舞台は世界選手権へ
パトリック・チャン(カナダ)の大逆転、6本の4回転ジャンプに成功したボーヤン・ジン(中国)、ノーミスの宮原知子、長洲未来の復調…と、選手個々の頑張りはもちろんのこと、大会全体としてもさまざまな駆け引きや心理の揺れがあり。ひじょうに見どころの多い四大陸選手権でした。今大会には欠場した浅田真央やデニス・テン(カザフスタン)をはじめ、世界選手権に向けて調整を続ける選手たちには、格好の刺激になったはずです。また、チャンや長洲のルーツを考えれば、男女ともアジア勢が上位を独占した大会になりました。その点でもひじょうに興味深かった。
採点が加点法となった現在のルールでは、ミスを犯すリスクと高得点のリターンが、隣り合わせにあります。選手たちには、常に自分と相談しながら、自分の最大値を見出していく作業が求められます。ひじょうに困難で過酷なルールです。だからこそ、いまのフィギュアは観る側にとって面白い。あらためて、そのことを実感できた四大陸選手権でした。
〈文:佐野稔(フィギュアスケート解説者)〉