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佐野稔の4回転トーク vol.⑬ ~敗れても納得。興奮したパトリック・チャンの逆転劇~四大陸選手権より 

絶対王者の誇りを示した2本のトリプル・アクセル

史上3人目の200点超えとなった、圧巻のフリー・スケーティング(FS)での逆転優勝。氷上であれほど感情を爆発させるパトリック・チャン(カナダ)の姿は、記憶にありません。直前の滑走順だったボーヤン・ジン(中国)は自分の演技を終えた瞬間、おそらく優勝を確信したことでしょう。3種類の4回転ジャンプを4本成功させたのだから、当たり前です。ですが、チャンの演技を見届けると、「参りました」といった表情になりました。結果的に表彰台を逃すことになった宇野昌磨にしても同様です。今回のチャンには、負けて納得といったところではないでしょうか。

ショート・プログラム(SP)で、チャンは大きな失敗を3つしていました。SPが終了した時点で、首位のボーヤン・ジンとは12.23点差の5位。優勝争いはボーヤン・ジンと宇野、ふたりの18歳に絞られたと、私は思っていました。予想もしていなかった逆転劇の要因は、FSにトリプル・アクセルを2本組み込み、どちらも見事に成功させたことでした。

かねてからパトリック・チャン唯一の弱点と言われ、苦手とされていたのがトリプル・アクセルです。それでも、SPで4回転ジャンプを2本決め、FSでは4本の4回転を予定しているボーヤン・ジンを眼の前にして、自分も跳ばなくては勝ち目がないと考えたのでしょう。圧倒的なスケーティング技術を誇るチャンのことです。普通に滑れば、かなりの演技構成点が見込めます。その彼が、技術点の部分に勝負を懸けたのです。そして、その勝負にチャンは勝利しました。特にFS中盤に跳んだ、ふたつめのトリプル・アクセルは、「完璧」と言いたくなるくらいの完成度でした。

結局、4本の4回転を跳んだボーヤン・ジンの技術点は110.66。それに対して、4回転ジャンプは2本だったものの、トリプル・アクセルを2本成功させたチャンの技術点が106.85。その差をわずかに留めたことで、他を圧倒する演技構成点が活きてきたわけです。

世界最高峰の技術とあふれ出すような気迫。素晴らしい演技を見せてもらうことができ、ひじょうに興奮しました。日本勢ではない選手のスケートに、これほど熱くなったのは久しぶりです。まだパトリック・チャンは終わっていない―。絶対王者の復活を世界中に知らしめた、興奮の大逆転でした。

宇野が表彰台を逃した4回転の失敗


SP2位と、優勝の狙える位置にいた宇野昌磨でしたが、FS冒頭の4回転トゥ・ループは回転軸が曲がってしまって、予定していたコンビネーションにできず。後半の4回転トゥ・ループは明らかな回転不足。身体の動きそのものは、悪くなかったように映ったのですが…。SPで当時の自己最高点となる88.90を出しながら、やはりFSで失速して総合5位に終わった去年の四大陸選手権のことが頭の片隅にあって、余計な力みが出てしまったのかもしれません。

世界レベルの男子フィギュアでは、もはや複数の4回転ジャンプがFSには欠かせません。総合力で勝負するタイプの宇野であろうと、4回転を2度失敗してしまえば、表彰台には昇れないのが現実です。これで去年12月の全日本選手権から、FSでの4回転トゥ・ループのミスが続いたことになります。しっかり反省材料にして、1ヶ月後の世界選手権(3月30日~4月3日、アメリカ・ボストン)にのぞんで欲しいと思います。

5年連続の四大陸選手権となった無良崇人は、FSの得点では宇野を上回り、総合得点で見ても自身のベストスコアをマーク。今シーズン最後の公式戦を、良い形で締め括ってみせました。田中刑事にしてもSPでは自己ベストとなる得点をあげ、前回出場した14年大会の17位から6位へと順位を伸ばしました。年齢的には羽生結弦と同じ94年生まれ。ピークはこれからの選手です。無良、田中の両選手にとって、来シーズンにつながる大会となったことでしょう。

ジャンプだけじゃない。ボーヤン・ジンの着実な成長

最後にSP、FSで合計6本の4回転ジャンプを成功させたボーヤン・ジンについて、触れさせてください。今シーズン当初の段階では、なるほどたしかにジャンプはスゴい。だけど、表現力はまだまだ…といった注釈が付いてまわっていました。ですが、今大会の彼の演技には、明らかな成長の跡が見てとれました。この半年足らずのシーズンのうちに、かなり「踊れる」ようになってきています。あのジャンプに加え、スケーティングのスキル、いわゆる滑りの部分が備わってきたらと考えると、末恐ろしい存在です。今後の伸び代を強く感じました。

復活のパトリック・チャン、進境著しいボーヤン・ジン、1月の欧州選手権で、羽生結弦に続く総合300点超えを達成したハビエル・フェルナンデス(スペイン)…。「打倒・羽生」を目指す彼らが一堂に介する、今年の世界選手権がますます楽しみになってきました。

〈文:佐野稔(フィギュアスケート解説者)〉