ノーボーダー・スポーツ/記事サムネイル

パラスポ・トピック (15) 自転車競技で町おこし~2020東京パラ、会場満員化へのヒント【5】(星野恭子)

1月下旬の5日間、静岡県で開催された、「自転車競技アジア選手権トラック大会」は、2020年東京パラリンピック会場満員化のヒントという面からも、いろいろ考えることのできた大会でした。

会場となった伊豆ベロドローム(同県伊豆市)は日本初の屋内型板張り250mトラックを備え、11年に完成した自転車競技場です。常設の座席数は1800席ですが、主催者が発表した今大会ののべ観客数は初日から1120人、1720人、1851人、1928人、2316人と日ごとに数を増やし、5日間の累計は8935人。一日ののべ平均が1787人と、ほぼ満員。同会場開設以来の、「大賑わい」となったのです。
15_01満員となった伊豆ベロドローム(=写真提供:日本自転車競技連盟/撮影:Hideaki TAKAGI/ACC2016)

この結果に、「嬉しい」と笑顔を見せたのは、開催に協力した地元、静岡県自転車競技連盟の松村友子事務局長です。日本ではまだマイナーな自転車競技のスピード感や面白さを知ってもらうには、生観戦がいちばん。「ここを満員にしたいとずっと努力してきたけれど、全日本選手権なども含め、今まで何をやってもダメだった」そうです。では、関係者の悲願はなぜ、今回、達成されたのでしょう?

そこには、いろいろな工夫がありました。その一つが、「招待券の配布」でした。入場料は一般1000円、静岡県民500円で開催されていましたが、「地元の人に、とにかく一度見てほしい」と、大会に協賛した3市(伊豆市、伊豆の国市、伊東市)の住民に限り、無料で招待したのです。

ある60代の男性は、「(ベロドロームは)初めて来た。広報で『招待券』のことを知ったので」と、大会観戦の動機になったそうで、「迫力があってビックリした」と話していました。

集客には、昨年12月に同会場が20年オリンピックの会場に決定したことも大きな後押しになったと思われます。地元新聞をはじめ、取材メディアの数も多く、連日の報道は「オリンピック前に一度見ておこう」という、右肩上がりの観客数にも貢献したようでした。

■地元巻き込み作戦

入場者には、「未成年者」が多く含まれていたことも特徴です。地元教育委員会の協力を受けた、「一校一国運動」が実現し、近隣の小中学校、高校など約15校による学校単位での集団応援も大きな力となっていました。学校ごとに担当する国の応援国旗を手づくりし、精一杯の声援を送る姿はほほえましく、選手にも好評でした

15_021850人の来場者でにぎわった伊豆ベロドローム。子どもたちの声援が響いた(=写真提供:日本自転車競技連盟/撮影:Sonoko TANAKA/ACC2016

「気持ちよく走れて、ベスト(記録)が出た」と振り返ったのは、左脚一本でペダルを漕ぐ、藤井美穂選手。また、リオでのメダル獲得が期待される両脚義足の藤田征樹選手はいつも冷静でクールですが、今大会はフィニッシュ後に観客席に手を挙げて声援に応えていた姿が印象的でした。「観客が多くて力になった。お礼の気持ちから、自然と手を振っていた」と話してくれました。

また、大会運営に初めてボランティアも採用されました。これまでは行政の職員と競技団体だけで大会を運営してきたそうですが、20年オリンピックも見据え、「地元で支えるという意識をもってもらいたい」と募集したところ、約20名が参加したそうです。

ある女性は、「(地元開催となる)自転車競技を知れば、オリンピックをもっと楽しめるかなと思ったし、もしかしたらボランティアとして関わることもできるかなと思った。いい経験になった」そうです。

松村事務局長は、「これまでの大会運営は、『無事に終わればいい』という内向きな運営だった。でも、今大会は地元を巻き込み、観客を増やし、もっと外向きにやっていかなければという思いで臨んだ。今後も取り組んでいきたい」と手応えを口にしました。

■パラサイクリングのピーアールにも

最近の国内外の自転車競技大会の流れにそって、今大会でもパラサイクリングのアジア選手権が共催されていました。義足や片足一本で漕ぐ選手、健常の選手と二人乗りのタンデム車で走る視覚障害の選手の姿に、「初めて観て感動した」という観客が多かったです。

一方で、「観客のなかには『かわいそうで見ていられない』という声もあった(松村事務局長)」そうです。でも、まずは大勢の人に観てもらうことが理解を深める第一歩。こうして話題になることで、他の障がい者の目や耳に留まり、「自分にもできるかも」という後押しになれば、競技力の底上げにもつながるかもしれません。

伊豆ベロドロームは20年東京パラリンピック会場の有力候補にも挙がっています。地方での開催も、パラスポーツの広がりには重要です。会場に決定したら、いい機会としてとらえ、チャンスにできればと期待します。

15_03パラサイクリング男子C1-5 1キロタイムトライアルの川本翔大選手。右脚一本でも力強いぺダリング(=写真提供:日本自転車競技連盟/撮影:Yuko SATO/ACC2016)

■どう学び、どう生かすか

とはいえ、初心者の観客が多かった分、「マイナー競技をどう見せるか」という課題も浮き彫りになりました。例えば、場内には大型スクリーンがあり、スタート前には種目名や選手名なども映し出されていました。でも、うっかり見逃すと、レーススタート後はリアルタイムの競技映像に切り替わってしまうので、「これは、どのレース?」「誰が走っているの?」という声がそこここから聞かれました。

また、場内放送はあるものの、座席の位置によっては聞き取りにくく、またタイミングも問題でした。レースに集中する選手への配慮などもあり、選手紹介やルール説明の放送はレーススタート後に入るのです。せっかくの取り組みも歓声に消されてほとんど聞こえませんでした。

松村事務局長は、音響設備の見直しや、各国のユニフォーム写真をパンフレットに載せるなど、「初心者にも分かりやすい工夫を今後の課題としたい」と話していました。

もっと大きな視点で見ても、オリンピックを迎えるには課題は山積みです。まず、現客席数は仮設席を含めて3000。今後、改修工事で増設が必要です。また、最寄り駅からバスで約20分、道も狭く、渋滞必至というアクセス問題や宿泊施設も現状では全く足りていない状況です。

あと4年でどれだけ改善できるのか。それには地元の理解が不可欠です。今大会のような取り組みは地元の理解を得る一つの方法ではあるでしょう。今回の収穫と課題をしっかり分析し、4年後に向けてつなげていってほしいと思います。

〈文:星野恭子〉