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佐野稔の4回転トーク vol.⑫ ~勝負のカギは表現力と安定感。世界選手権切符を手にした宮原、本郷、そして浅田

●進歩を感じさせた宮原知子の2連覇 独特の重圧のなか、多くのミスがあった今回の全日本選手権。2連覇を飾った宮原知子も、フリー(FS)冒頭の3連続ジャンプで回転不足の判定になりました。が、一見するだけでは分からないような小さなミスで、彼女の安定感は際立っていました。羽生結弦同様、1ヶ月間で3試合のハードスケジュールになりましたが、その影響を微塵も感じさせなかったところも素晴らしかった。 これでGPシリーズ・アメリカ大会3位、NHK杯優勝、GPファイナル2位、そして、全日本優勝と、出場したすべての試合で表彰台に昇っています。この好成績を支えているのは、表現力の向上です。氷上で踊っている感覚があるのです。振付師の先生から言われるがまま、ただ手足を動かしているのではなく、彼女の一挙手一投足から、感情が見えるようになってきました。それに加えて、ジャンプもかなり正確になっています。かつては回転不足の気配が常に付いてまわっていたのですが、今シーズンは危なげがなくなり、失敗することのほうが珍しいくらいです。 今回の宮原の総合得点が212.83点。初優勝した去年の全日本選手権のときは195.60点でしたから、17点以上も伸ばしたことになります。向上した表現力とミスのなくなったジャンプが着実に結果に反映されたことで、こうした得点の伸びにつながったのでしょう。昨年は不在だった浅田や進境著しいジュニア勢を抑えての、ひじょうに価値ある優勝です。 ●本郷のさらなる飛躍のカギは安定感 FSでの3回転ルッツの転倒が響き、ショート・プログラム(SP)の2位から、総合4位に順位を下げてしまった本郷理華でしたが、昨シーズンに続いて世界選手権の代表の座は射止めました。彼女の特徴は、あの166cmの長身と長い手足です。ひとつひとつの動きがダイナミックで、ひじょうに派手に映るメリットがある反面、小さなミスでも目立ってしまうデメリットも併せ持ちます。 昨シーズンはGPシリーズのロシア大会で初優勝。グレイシー・ゴールド(アメリカ)負傷欠場に伴う繰り上げだったとはいえ、GPファイナルに初出場するなど、一皮剥ける活躍をみせました。逆に今シーズンここまでは、巡り合わせや順位に恵まれていない印象もあるのですが、安定感を増して出来不出来の波を小さくすることができれば、彼女はさらにワンランク上のレベルの選手になれるはずです。 ●表現力とフリー後半のジャンプで、逆転した浅田真央 演技構成の難易度を落としながらもSPでは5位に甘んじ、かなり弱気なコメントを残していた浅田真央ですが、なんとか巻き返しての表彰台。結局今回はSP、FSのいずれも、武器であるトリプル・アクセルは決められませんでしたが、FSで演じた「蝶々夫人」では、役者の違いが際立っていました。比較して申し訳ないのですが、17歳の永井優香がSPで滑った「蝶々夫人」とは、伝わってくる感情や表現の繊細さに差がありました。 逆転3位のもうひとつの要因となったのが、FS後半のジャンプです。基礎点が1.1倍に加算されるなか、次々と決めて得点を積み重ねました。立て直しの口火を切ったのが、3回転ルッツの成功です。かねてから苦手と言われ、この大会のSPでは回避までしたルッツ・ジャンプですが、今回は正しく踏み切りクリーンに跳んでいました。以前にも指摘しましたが、今シーズンの浅田は、ルッツの精度が明らかに高まっています。喜ぶべき大きな収穫です。 今回、世界選手権出場が決まった宮原、本郷、浅田の女子3選手は全員、来年2月に行われる四大陸選手権(台湾・台北)の代表にもなりました。シーズンが進むにつれて、ブランクの影響が否めなかった浅田にとっては、実戦感覚や試合体力を養う上で、ひじょうに良い機会になるはずです。いきなり世界界選手権を迎えるより、ずっと良かったのではないでしょうか。 GPファイナル中に胃腸炎を訴えるなど、競技生活に戻ってきてから、この3ヶ月間というもの、一息入れる暇もなかったはずです。年末年始くらいは日本人らしく(笑)、のんびりして。心身をリフレッシュしてから、シーズン後半に臨んでくれればと思います。 〈文:佐野稔〉