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佐野稔の4回転トーク vol.⑩~すべてのスケーターの見本になる宮原と、勝負の過酷さに身を置く浅田

宮原知子は常にベストパフォーマンスができる稀有な存在

初出場のGPファイナルで見事2位となった宮原知子は、いまの自分にできるベストの演技を披露していました。そうした姿勢は今大会に限ったことではありません。彼女はどんなときでも、自分にできる最大限のパフォーマンスを、必ずやってみせます。じつはそれが一番難しいことなのです。

基本に忠実で、けっして大崩れすることはなく、ほかの選手の動向次第で、順位や結果はあとから付いてくるタイプ。派手な大技を持った選手が成功を収めたときには、宮原を超えることができますが、ひとつ失敗を犯せば、宮原の上を行くことはできません。

常に自分のベストを出し切ったうえで、さらに自分の最大限を拡げる努力を続けている。今シーズンの表現力の向上は、その一端でしょう。眼に見えて演技が大人っぽくなってきました。その姿勢こそが、宮原知子最大の武器です。そうやって一歩一歩踏み残してきた彼女の足跡は、いつしか輝かしいものになっている。すべてのフィギュア・スケーターが‘お手本’にすべき選手です。

世界最高難度のチャレンジに取り組んでいる浅田真央

女子6選手のなかで最下位に沈んだ浅田真央ですが、やはり1年間休養したブランクの影響は否めません。シーズンが進むにつれて、思うようなスケートができないようになってきました。復帰初戦のジャパン・オープンや優勝した中国杯での素晴らしい滑りによって「浅田真央なら、それくらいやって当たり前」くらいに、観る側の要求が高くなっていたのかもしれません。今回はフリーを滑る前の段階から体調がすぐれず、胃腸炎のために帰国を早めたそうですが、蓄積した疲労に身体が耐えきれなくなり、ついに悲鳴をあげたのでしょう。

今シーズン序盤の浅田は、大好きなフィギュアの世界に帰ってきた喜びにあふれていました。いまは勝負の世界の過酷さを思い出している段階に差しかかった。ですが、それを覚悟のうえで、彼女は氷上に戻ってきたはずです。以前にも指摘しましたが、いま浅田が挑戦しているのは、アクセル、ルッツ、フリップ、ループと、難易度の高い4種類の3回転ジャンプを組み込んだ、世界最高難度のプログラムです。その構成に、「昔の顔」に頼った無難な道を選ぶのではなく、あくまで「いまの女子フィギュアの最前線」で戦うことを決意した、彼女の強い意気込みが見てとれます。

実際トリプル・アクセルの成功率は高まり、苦手と言われる課題のルッツ・ジャンプにも改善の傾向が見られます。GPファイナルの終了後、浅田自身が構成の変更を示唆するようなコメントをしていましたが、私個人としては、これぞ浅田真央といった現在のプログラムを続けてもらいたい。まずは復帰直後に見せていた氷上に立つ喜びを、思い返してくれればいいなと思います。

層の厚さを証明した日本勢。次の舞台は全日本選手権

今回のGPファイナルに出場した日本人男女5選手のうち、羽生結弦、宇野昌磨、宮原知子の3選手が表彰台に立っただけでなく、並行して開催されたジュニアのGPファイナルでも、山本草太、本田真凛が見事3位に輝きました。現在の日本フィギュア界の充実ぶり、層の厚さをあらためて証明する結果となりました。

トリプル・アクセルの不調が目立った山本ですが、フリー2つめの4回転ジャンプはなんとか成功させて、男子フィギュアの時流に乗り遅れまいとしていました。初出場だった本田も、樋口新葉の不在を感じさせない活躍で、重責を果たしてくれました。いまの女子フィギュアでは不可欠な3回転-3回転のコンビネーションジャンプを、SP(ショート・プログラム)でしっかりと決め、山本同様、世界のトップと対等に渡り合ってみせました。

12月25日に開幕する全日本選手権には、勢いあるジュニアの選手たちが出場します。シニアの選手たちには脅威でしょう。もちろん彼らだって同じように、先輩たちを乗り越えてきたのです。避けられない現実です。ただ、近年ジュニアのレベルは飛躍的に高くなっています。それだけに、過去に例がないくらいに競争が激化した、厳しい時代であることは間違いありません。

〈文:佐野稔(フィギュアスケート解説者)〉