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佐野稔の4回転トーク vol.⑨~もはやライバルは自分だけ。最高を超えた羽生のGPファイナル3連覇

孤高の歩みを始めた感さえある羽生結弦

NHK杯で322.40点の大記録を樹立してから、わずか2週間。記録更新の期待はしても、実際のところ難しいだろうと思うのが普通です。それが蓋を開ければ、ショート・プログラム(SP)、フリー(FS)、総合すべてで世界最高得点を樹立しての、GPファイナル3連覇。NHK杯の史上初の300点超えについて、私は「100m走を8秒台で走るようなものだ」と喩えたのですが、わずか2週間のうちに、2レース続けて100mを8秒台で走ることができるようなアスリートが、羽生結弦のほかにはたしているでしょうか。

総合330.43点。FSで200点超えしたハビエル・フェルナンデス(スペイン)の得点を、総合で30点以上引き離した。ひとりだけ違うレベルに行ってしまいました。もはや羽生結弦にライバルはいない。戦う相手は自分だけ。まるで己を高めるために孤高の道を進む、求道者や修行僧のようです。その強靭な意志や精神力には、ただ、ただ感服するしかありません。

驚いたのは、NHK杯のときより演技内容が、グッと向上していたことです。最も顕著だったのが、SPで10.00だった演技構成点(演技/実行)、そして4回転サルコゥのGOE(出来栄え点)です。NHK杯ではGOEが1.00だったSP冒頭の4回転サルコゥが、今回は満点の3.00。FSの4回転サルコゥにも3.00が付きました。NHK杯のときはスピードの使い分けによって、成功率を高める工夫をしていたように映りましたが、今回は4回転サルコゥの質そのものを高めてきた印象です。高さ、スピード、軸のブレない空中姿勢、着氷したあとの流れ…。すべてが素晴らしかった。

さらには、SPでの4回転トゥ・ループ+トリプルアクセルのコンビネーション、そしてFSの4回転トゥ・ループと、4回転サルコゥに続いて跳んだジャンプのGOEも3.00でした。4回転ジャンプのGOEで3.00を獲得すること自体が簡単な話ではないのに、羽生はそれを連続してやってみせたのです。

フィギュアでは普通あり得ない。2試合連続ノーミス

フィギュア・スケートにおいて、ありとあらゆるすべての要素をノーミスで滑り切ることは相当に難しい。まずできないと言ったほうが正しいでしょう。私自身競技人生のなかで、ひとつのミスもなく演技をやり終えることができたと思えたのは、たった1度だけでした。日本人女子フィギュア初の五輪メダリストで、フィギュアの殿堂入りをしている伊藤みどりさんに「現役時代、自分でノーミスだったと思える演技を、何度経験できたか」を尋ねたところ、彼女の答えは「2度」でした。

そんなフィギュア・スケーターが生涯で1、2度しか到達できないような演技を、羽生結弦はこの短い期間に続けて披露してみせたのです。これほどの状態を、全日本選手権(12月25~27日、札幌)や、その先の世界選手権(16年3月30日~4月3日、米ボストン)まで、続けることができるのだろうか。思わず、そんな余計な心配をしたくなるくらいです(もっとも羽生本人のなかでは、NHK杯のときも、今回のGPファイナルの演技にも、納得のいかない部分があったようですが…)。

現役時代の伊藤みどりは、フィギュア界に革命を起こしたと言ってもいいくらい。図抜けた存在でした。そして、かつての伊藤みどりがそうだったように、今まさに羽生結弦がフィギュア界の新たな歴史を切り拓いているところです。羽生が導くフィギュアの進化を見ていると、隔世の感があります。フィギュア・スケートとはこういうものだという私のなかにある認識が、猛スピードで次々に覆されていきます。いったいフィギュアは、どこまで進んでいくのか。無限の拡がりを感じさせた、この2試合でした。

大いに称賛したい。SP、FSを揃えてまとめた宇野の表彰台

羽生の大偉業があったため、メディアの扱いは小さくなってしまいましたが、宇野昌磨の3位も、大いに称賛したいと思います。SPではパトリック・チャン(カナダ)、FSでは金博洋(中国)がそれぞれミスを犯したことで、SP4位、FS4位なのに、総合3位という、ちょっと珍しい成績になりましたが、それは宇野がふたりと違い、SP、FS揃って安定した力を発揮できたことの証明です。シニアデビューのシーズンに、GPファイナルの表彰台に昇るのは、男子で初めてのことだそうですが、やるべきことをキッチリやった宇野に対する、正当な‘ご褒美’でした。

宇野が今回マークした276.79点は、通常のGPシリーズであれば、優勝できていたほどの好スコアです。1位の羽生、2位フェルナンデスとの差は、得点力の高い4回転ジャンプを2種類跳んだか、1種類だけだったのか。その違いが大きかった。宇野が2種類目の4回転ジャンプを完成させたとき、また様相の違う戦いができるようになるはずです。このまま羽生の背中を追い掛け、ぜひ近づいていって欲しいと思います。

〈文:佐野稔(フィギュアスケート解説者)〉