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佐野稔の4回転トーク vol.③羽生にもミスを許さなかった、パトリック・チャンのスケート技術

本人も‘まさか’だったはず羽生のミス

ソチ五輪以来、2シーズンぶりとなる羽生結弦とパトリック・チャンとの対決に注目が集まったグランプリ(GP)シリーズ第2戦カナダ大会は、SP(ショート・プログラム)でのミスが、勝敗を分ける形になりました。

4回転トゥ・ループが2回転になる痛恨のミス。羽生自身が‘まさか’と驚いていたのではないでしょうか。ああいったジャンプのタイミングが合わずに予定より回転数が減ってしまうミスを、フィギュア界では「パンクする」といった言い方をするのですが、あのジャンプは余計な力が入り過ぎていて、まさに「パンクして」いました。

直後の3回転ルッツ-2回転トゥ・ループのコンビネーションにしても、3回転-3回転を跳ぶつもりだったのがミスをして、3回転-2回転になってしまったのではなく、最初から3回転-2回転を跳ぶつもりだったように、僕の眼には映りました。SPの終了後、本人はSPのルールを把握していなかったとコメントしていたそうですが、咄嗟の判断や変更ができなくなるくらい、動揺があったのでしょう。結局、ふたつのジャンプが無得点に。チャンもSPでミスを犯しましたが、彼の場合は得点が付くミスでした。その差は、小さくありませんでした。

絶対王者時代より進化したパトリック・チャン

今回のチャンのFS(フリー・スケーティング)には、恐れ入るしかありません。脱帽です。単独の4回転トゥ・ループが3回転になったため、ジャンプの大技は4回転1度、トリプル・アクセルが1度だけになりましたが、すべてのジャンプでGOE(出来栄え点)がプラスされ、演技構成点はきわめて満点に近い95.16点。ジャンプ以外のテクニック、とりわけスケーティングの技術が素晴らしかったため、4回転を3度跳んだ羽生のFSよりも、高い点数になりました。

スケーティング技術の巧拙について、簡潔に一般の方にも分かりやすく、たとえ話で説明すると、グランプリシリーズに出場するようなレベルのフィギュア・スケーターが氷上で前に進もうと脚を1回蹴ると、だいたい6m程度移動します。それがパトリック・チャンの場合、ひと蹴りするだけで10mくらい前進できてしまう。それくらいズバ抜けて、スケートを滑らせる能力が高いのです。スケートブレード(刃)から氷へと、無駄なくエネルギーを伝えることができる。ほかのスケーターでは、ちょっと太刀打ちできない技術です。

10月上旬の「ジャパン・オープン」での演技もそうだったのですが、スケーティングの技術だけを取って見れば、世界選手権を3連覇して「絶対王者」と呼ばれていたとき以上に、良くなっている印象を受けました。たとえ羽生結弦であっても、ミスをしたら勝てないくらい。進化したパトリック・チャンの姿がありました。

羽生にしかできないフリーの新プログラム

羽生が披露した、フリーの新しいプログラム「SEIMEI」は、昨シーズンから持ち越しの課題である3度の4回転ジャンプだけでなく、さまざまな挑戦に取り組んでいます。ひじょうに意欲的で面白い。肉体的にもかなり過酷で、世界中で羽生にしかできないプログラムと言えます。

「和」の要素を強く押し出した演出は、馴染のある日本国内より、エキゾチックな感覚で受け止めるであろう海外でのほうが、むしろ高く評価される可能性があります。ブライアン・オーサーコーチをはじめとする羽生陣営には、そうした狙いもあったはずです。また、ほとんどのジャッジは日本人ではありません。「和」を強調しつつ、振り付けは昨シーズンに続いてカナダ出身のジェイ=リーン・ボーンが担当しているのは、外国人がイメージする「和」を意識してのことでしょう。

SPの6位から2位へと巻き返したあたりは、さすが羽生でしたが、まだまだ伸び代を感じさせる内容でした。今回はレベル3に終わったステップ・シークエンスも、レベル4に上げられるはずです。このプログラムを完璧にやり遂げることができたなら、相当な高得点が期待できます。

ほかの大会なら、優勝でもおかしくなかった村上大介

SPで首位発進しながら、総合3位に終わった村上大介ですが、自分のスケートはやり切っていました。ひとつひとつの要素を丁寧に、大きく減点されるようなミスもなく、自分の武器である4回転サルコゥも成功させていました。GPシリーズのほかの大会であれば、優勝していてもおかしくない滑りだったと思います。五輪金メダリストの羽生、世界王者のチャンと同じ大会にエントリーしたことで、割を食ってしまった印象です。

ただ、羽生やチャンを凌駕して、世界の頂点に立つためには、スケート技術、要素のつなぎ、曲の解釈といった演技構成点に反映される部分のスキルアップ。できれば4回転ジャンプは、もう一種類欲しいところです。GPシリーズ初戦で表彰台に立てたことは素晴らしい成果です。これを自信に換えて、まずは村上が今シーズンの目標にしている「GPファイナル出場」へと、突き進んでもらいたいと思います。

〈文:佐野稔(フィギュアスケート解説者)〉