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佐野稔の4回転トーク vol.①驚愕のトリプル・アクセル いきなり世界の第一線に舞い戻った浅田真央

《いきなり驚かされた冒頭のトリプル・アクセル》

すごかった。いきなり驚かされました。浅田真央が演技冒頭に跳んだトリプル・アクセルは、見事としか言いようがない。GEO(出来栄え点)が1・00つく、素晴らしいジャンプでした。 続く3回転-3回転を予定していたコンビネーションが、3回転-2回転になるミスこそありましたが、ブランクの影響をまるで感じさせませんでした。じつは大会前に「トリプル・アクセルは良いんだけど、それ以外のジャンプの状態がいまひとつ…」といった話も伝わってきていたのですが、本番を見る限り、それも杞憂に終わりました。試合勘も鈍ることなく、全体的に身体がよく動いていました。 浅田の場合、どちらかと言うとスロー・スターター、これまではシーズンの入りがあまり良くなかったのですが、シーズン初戦で、あれだけの仕上がり具合です。この復帰戦に向けて、相当中身の濃いトレーニングをこなしてきたことを感じさせました。 たしかにまだ10月上旬で、海外勢は軒並み調整不足の感がありました。それでも、ソチ五輪金メダリストのアデリナ・ソトニコワ(ロシア)、昨シーズンの世界女王であるエリザヴェータ・トゥクタミシェワ(ロシア)を、‘脇役’にしてしまうほどの輝きを放ってみせる。本人は復帰に際しての会見で「最低でも(優勝した)14年の世界選手権のレベルに戻す」と意気込んでいましたが、その言葉どおり。世界のトップ争いに喰い込むどころか、今シーズンの女子フィギュア界の主役になれるほどの位置にいることを、復帰初戦で証明してしまう。さすが浅田真央です。

《表現力を高めた人間的な成長》

今回みせたプログラム「蝶々夫人」は、ひじょうに情熱的で、ある意味ドロドロとした、哀しい物語です。そんな大人のストーリーを演じ切った表現力も素晴らしかった。この点については、明らかに休養前より向上しているのではないでしょうか。少女時代の‘かわいい真央ちゃん’では、「蝶々夫人」の世界観を伝えることは難しかったでしょう。1シーズンの休養が、彼女を人間的にひと回り大きく成長させたと言えるかもしれません。 デビューして以来、おそらく浅田はさまざまなモノを犠牲にして、ひたすらフィギュア・スケートに、真剣に向き合ってきたはずです。もちろんそういう時期は必要ですし、そうでなければ世界の頂点に君臨することなど不可能です。ですが、それだけだと行き詰まってしまうのも、またフィギュアなのです。 この1年、競技から離れてみて、いろいろな経験をしたと思います。これまではできなかった、20代の女性がするような普通のこと。たとえば、友人と映画を観たり、お茶を飲みながらおしゃべりに興じたり。そんなたわいもない日常のひとつひとつが、人としての幅になっていく。そして、何よりのプラスだったのは「フィギュア・スケートが大好き」なことに、あらためて気づいたことではないでしょうか。 私にも経験がありますが、日々の過酷な練習が辛くて嫌で嫌で、いつも逃げ出したかったのに、いざ大きなケガや病気で長期間氷の上に立てないでいると、フィギュアが恋しくなってくる。競技の緊張感から解放された生活が、しばらくすると物足りなくなってくる。浅田ほどのアスリートであれば、なおさらでしょう。どこかで自分のためではなく、周囲の期待に応えるために、一種の義務感でフィギュアをやっていた部分もあったかもしれません。そうではなく、自分がフィギュアを好きだから、フィギュアが楽しいから、再びリンクに立っている。演技中の浅田の表情を見ていて、私はそんな印象を受けました。

《さらなる高みに行く可能性も…》

現在の女子は、3回転-3回転が勝負のカギを握っています。大会後の会見で、SP(ショート・プログラム)の「素敵なあなた」には、3回転フリップ-3回転トゥ・ループを予定していることを明かしましたが、ぜひ挑戦してもらいたい。すでに最強の武器であるトリプル・アクセルを持っている浅田が、SP、フリーのどちらにも、思うがままに3回転-3回転を組み込むことができたなら、もうほかの誰も手が届かない。今シーズンの女子フィギュア界が、浅田の‘独り勝ち’になってもおかしくありません。
〈文:佐野稔(フィギュアスケート解説者)〉