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「『ネガティブ』なチームから、ともかく得た勝利は大きい」(大住良之)

「(6月の)シンガポール戦の結果(0-0の引き分け)を、私たち全員が受け入れられなかった。私については、これを受け入れるのに2カ月もかかった。ことしの夏は、シンガポール戦の引き分けを引きずって生きてきた」

9月3日にワールドカップ予選の第2戦をカンボジアと戦い、ともかく3-0という勝利を得た日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督は、試合後、こんな告白をした。

シンガポール戦は、攻めに攻め、23本のシュートを放ち、ハリルホジッチ監督本人の言葉によれば「19回もの決定的なチャンス」をつかみながら、シュートを決めることだけができなかった。本当なら5-0、6-0で勝っていてもおかしくない試合だっただけに、信じられない、そして受け入れ難い結果だっただろう。

そしてカンボジア戦も、まったく同じ状況だった。日本は再び攻めに攻め、前半12本、後半にいたっては22本、計34本ものシュートを放ち、なんとかそのうち3本を相手ゴールにねじ込んだ。

「ミドルシュートはよく決めた(2点がペナルティーエリア外からのシュートだった)。しかしボール保持者と受け手のコーディネートが完全ではなかった。こうした試合ではサイド攻撃が重要だが、クロスに対するポジショニングが良くなく、シュートにも結びつかなかった。サイドで三角形をつくること、中央突破では2、3本のワンタッチパスが必要であることを求めたが、それもあまりできていなかった」(ハリルホジッチ監督)

改善すべき点はたくさんある。しかしともかく勝ったことで、ハリルホジッチ監督も選手たちもひとつの難局を乗り越えたのではないか。

「次のアフガニスタン戦(9月8日、テヘラン)も、相手は引いて守ってくるだろうが勝つためにプレーする。勝利のスパイラルを続けたい」(同)

6月のシンガポール戦を、私は「個々の選手が奮闘するだけで、コンビネーション攻撃がなかった」と批判した。

以前の日本代表は、コンビネーション攻撃に頼るあまり、個人で突破しようという意欲に欠けていた。結果として、相手にとっては怖くない攻撃しかできなくなっていた。ハリルホジッチ監督は個々の選手がよりアグレッシブになることを求め、チームとしてもよりダイレクトに相手ゴールに迫っていくことを求めた。シンガポール戦は、選手たちがあまりにそれを意識し、コンビネーションが消えてしまったのだ。

9月3日のカンボジア戦も、同じようなものだった。個々の選手、とくに本田圭佑がボールを持つ時間が長く、チームとしてのスピードは落ちた。ボールなしの動きとワンタッチパスが組み合わさってコンビネーションでスピードアップが成功したのは、前後半とも数回程度だった。

「サイドでの三角形」と「中央でのワンタッチパス」という指摘からも、ハリルホジッチ監督がコンビネーションプレーを求めていることははっきりしている。ただ「相手が自陣ゴール前に引いて守備に専念する」という試合のなかで、選手たちが「自分で決めてやろう」としてしまうのは、ある程度仕方がないように、カンボジア戦では感じた。

日本サッカー協会が出した公式記録によれば、日本の「ボール支配率」はシンガポール戦が65.7%(相手が34.3%)、カンボジア戦にいたっては73.9%(相手が26.1%)だった。通常の試合では、「圧倒的に攻めた」という印象でも60%になるかならないかというのがサッカーという競技だ。この2つの試合は、「通常の試合」ではなかったのだ。

「私は7秒でボールを取り戻せと言った。選手たちは3秒で取り戻した」

カンボジア戦の後、ハリルホジッチ監督はこんなことも話した。

日本がパスを回しながら攻める。シュートを打つ。ドリブルがゴールラインを割ってしまう。あるいは相手が3人がかりで岡崎慎司からボールを奪い、攻撃しようとする。だが次の瞬間には、ボールは日本選手がもっている―。

カンボジアの35本のゴールキック(!)はすべて日本選手に渡り、岡崎が失ったボールも、ボランチの長谷部誠や山口蛍があっという間に体を寄せて奪い取ってしまう。90分間を通じて、攻撃をしたのは日本だけだった。

原因は力の差だけではない。シンガポールもカンボジアも、勝つことではなく、点を取られないことだけを目的にした「ネガティブ」なプランを立てた。カンボジアは5人のDFラインの前に「アンカー」を置き、その前に3人のボランチが並んだ。5-1-3-1というシステムで、前線にひとり残ったFWクオン・ラボラビーはまったくの孤立無援だった。

ハリルホジッチ監督は、昨年のワールドカップで勝利を挙げることができずに自信喪失ぎみだった日本代表を見て、「ワールドカップで勝てるサッカー」を指向し、そのための考え方や戦術を徹底した。3月の2試合と6月のイラク戦、親善試合3試合は、相手も果敢に攻めてきたから、ハリルホジッチ監督のサッカーが効果を生んだ。

しかしワールドカップ予選にはいると、相手はポジティブなサッカーをしようとしなくなった。ひたすら自陣に引きこもるネガティブな考え方を徹底した。

その「落差」の大きさに、ハリルホジッチ監督も選手たちもとまどっているうちに90分間が過ぎたのがシンガポール戦だった。そのとまどいはカンボジア戦でも消えてはいかなったが、ともかく3-0の勝利を得た。けっしてほめられた内容ではなかったが、勝ったことは大きい。

もう1試合、アフガニスタン戦も、ともかく勝ち点3をつかんで帰国してほしい。この試合が2次予選の「ヤマ」であるようにさえ思う。

この試合が終わると、次はこの組で最も強い相手であるシリアとのアウェーゲーム(10月8日、オマーン)があり、イランとの親善試合(10月13日、テヘラン)をはさんで11月はシンガポール(12日)、カンボジア(17日)とのアウェーゲームとなる。

現在の日本代表は、シリアやイランなどの強豪相手のほうが自然にコンビネーションも増え、力を出せるのではないかと感じている。そしてシンガポールもカンボジアでも、ホームのサポーターの前では埼玉スタジアムでやったようなネガティブな取り組みはできないだろう。相手がなりふり構わず守備を固めると予想される9月8日のアフガニスタン戦をどんな形でも勝ちきることが、何より重要だ。ここまでは、内容は問わないことにする。

〈文:大住良之(サッカージャーナリスト)〉