パラスポ・ピックアップ・トピック (7) 2020東京パラ、会場満員化へのヒント【2】(星野恭子)
ゴールボールという競技をご存知でしょうか? 1チーム3人で対戦し、互いのゴールに向かってボールを投げ合い、得点を競う球技です。視覚障害者のために開発され、障害の程度が公平になるよう選手は皆、アイシェード(目隠し)をつけて、特殊な鈴の入ったボールを使い、音を頼りにプレイします。
バレーボールと同じ9mx18mのコートで、3対3で対戦するゴールボール。鈴入りのボールなど音が頼りの緊張感あふれる攻防合戦が魅力
そのため、プレイ続行中は「黙って見守ること」が観戦マナー。惜しいプレイなどには思わず声が漏れてしまうこともありますが、プレイの妨げになるため、審判から、「ビー・クワイエット(お静かに)」と注意されることもあります。
競技の魅力は、正確なスローイングで相手ゴールを脅かすオフェンスと、ボールが奏でる鈴の音からその位置を感知し、身体を投げ出してボールを止めるディフェンスとの、息詰まる攻防の繰り返しです。気配を消した移動攻撃によってボールの音を消し、投球前にチームメートが拍手したり、足を打ち鳴らしたりして、攪乱したり、陽動作戦で、相手の感知能力をかく乱します。
また、コート上にひかれたラインのテープには、中にタコ糸が仕込まれており、選手はこの糸による凸凹を手や足裏の触覚で感知し、自分の位置を把握します。このように方向や位置を把握する鋭い感覚や研ぎ澄まされた聴覚は地道な反復練習と集中力のたまもの。選手の巧みな「ワザ」に驚かされ、引き込まれます。
1試合は12分ハーフの24分間。選手の視覚を補うための作戦タイムや選手交代などベンチワークの妙も見どころです。例えば、相手チームの陣形や特徴を、選手自身が見て確認できないので、コーチらが見て判断し、作戦タイムなどで的確な情報や指示を与えます。ベンチからの情報や指示を、選手自身が理解してプレイとして表現する。だから、タイムアウト後の最初のプレイで得点が入ることも少なくなく、見逃せない瞬間だったりします。ゴールボールはそんな風に奥深い「チームスポーツ」です。
元々は、第二次大戦で視覚に障害を負った兵士のリハビリテーションのためにヨーロッパで開発され、その後、競技として整備され、1976年のトロント大会(カナダ)からパラリンピックの正式競技となりました。日本は、男子はパラリンピック未出場ですが、女子は初出場だった2004年のアテネ大会で銅メダルを獲得し、さらに12年ロンドン大会では金メダルに輝いています。団体競技としては日本チームにとって初めての金メダルという快挙で、一気に注目されました。
会場にはロンドン・パラリンピックで日本女子が獲得した金メダルが選手の写真とともに展示され、競技PRに貢献
そんなゴールボールの女子国際大会、「2015ジャパンパラ・ゴールボール競技大会」が7月末、東京・足立区で開催されました。同大会はロンドン金メダリストの女子日本代表の強化を目的に昨年から始められたシリーズで、2年目の今年はロシア(2014世界選手権2位)、トルコ(同3位)、韓国(世界ランキング28位/5月末時点)が招かれ、4カ国でのハイレベルな対抗戦となりました。
試合結果ですが、世界ランキング3位の日本は、ロンドン代表でもあったベテランの主力2選手をケガや体調不良などで欠き、若手4選手の苦しい戦いとなります。そして、2日間の総当たり戦による予選を経て、最終日は3位決定戦に回ると、韓国に0-1と惜敗。最下位の4位に終わりました。優勝は、ロシアを4-3の逆転で破ったトルコでした。
とはいえ、市川喬一ヘッドコーチは、「ベテラン2人のいない中で、どれだけやれるかがこの大会のテーマだった。足りない部分もあったが、収穫もあった」と振り返り、チームトップの9得点を挙げ、守備の要、センタ―ポジションもこなした若杉遥は、「私は常に、ベテラン選手を一日も早く追い抜かしてプレイすることを意識している。今大会はそこにつなげられる大会になった」と手応えを口にしました。また、今大会はケガのため、ベンチで試合を見守った浦田理恵キャプテンは、「選手たちが自発的に声を出だせるようになり、若手の成長をすごく感じた。私自身もうかうかしていられないと、いい刺激になった」と話すなど順位だけでは測れない、チームとしてつかむものがあった大会だったようです。
さらに、今大会は別の点からも成果のあった大会だったと思います。それは、日本パラリンピック委員会(JPC)の鳥原光憲会長が2020年東京パラリンピックの成功の指標とする、「会場満員化」へのヒントです。実は、今大会は入場無料で実施され、観客は3日間で約1000人を集めました。昨年は、3日間で約250人でした。カナダチームを招き、日本A、Bの3チーム対抗戦だったという違いはありますが、来場者が4倍に増えたわけです。
来場者増の要因はさまざまな仕掛けのたまものだと感じました。一つは会場です。今回、使われた足立区総合スポーツセンターは大小の体育室のほか、武道場やトレーニングルームなどの室内施設があり、また屋外には多目的グラウンドやテニスコート、プール(夏季のみ)なども備えます。夏休み中でもあり、数多くの施設利用者が出入りしていて、たまたま開催されていたゴールボールを初観戦した人も少なくなかったようです。多くの人が訪れ、気軽に観戦してもらえる環境は大きかったでしょう。
実際、会場には空手道着やサッカーユニフォームを着た子どもたちの団体や年配者のグループなども目立ちました。「初めてみた。見えない人がやっているとは思えなかった」「想像より、迫力があった」などの声が聞かれました。
サッカー少年たちも、初めてのゴールボールに大興奮。試合観戦後には体験会にも参加して、楽しそうな歓声をあげていた
そうした初観戦の人でも競技を楽しめる仕掛けもいろいろ用意されていました。例えば、JPCが制作した『ゴールボールガイド』はルールや魅力などがコンパクトにまとめられており、来場者に無料で配布されました。また先ほども言ったように、音を頼りにプレイするゴールボールは静寂のなかで行われるため、場内アナウンス等も必要最小限になります。そこで、実況解説が聴けるFMラジオの無料貸出サービスも用意されており、プロのアナウンサーと専門家によるルールやプレイの解説から、ゴールボール豆知識なども盛り込まれ、初心者以外にも楽しめる内容となっていました。もちろん、視覚障害者もゲーム観戦を楽しむことができます。
無料配布されていた、『かんたん!ゴールボールガイド』と、『パラリンピックガイド夏季大会編』。パラリンピックガイドには冬季編もある。
そうした観客をさらにゲームに巻き込み、楽しんでもらえる仕掛けとして、スタッフによる会場の盛り上げも活発に行われていました。プレイ中は声が出せない分、タイムアウトや選手交代など審判が時計を止めている間は思いきり声を出せます。そのタイミングを狙って場内にはにぎやかなBGMが流され、リズムに合わせてスタッフが観客に手拍子や足拍子を促します。最初はぎこちなかった観客もしだいに慣れ、「ニッポンコール」も響きだしました。一般競技と違ってプレイ中に声援できないという独特の観戦マナーに慣れてもらうことも、2020年に向けての重要な取り組みだと思います。
大会期間中の毎日、「ゴールボール体験会」も開催されました。男子日本代表によるデモンストレーションのほか、希望者が実際にコートに入って、ボールキャッチやスローイング、ディフェンスのやり方などゴールボールの基本を教わり、最後には簡単なミニゲームも行われます。参加者からは、「アイシェードって、本当に真っ暗で何も見えないんですね」「ボールは大きいし、思ったより固くて重い」など、率直な感想が聞かれました。観て、体験して、また観る。そうして競技を体感することは、魅力を知り、ファンを増やす一歩だと思います。
他にも、大会前には足立区内の小学校2校に今回の代表2選手が訪問して「ゴールボール体験会」を行い、競技の紹介とともに大会PRを行ったそうです。あいにく、大会期間中は夏休みにあたっていたため、授業の一環として生徒を試合に招待することはできなかったそうですが、大会会場に訪れていた親子連れのなかには、体験授業を受けた生徒も含まれていたかもしれません。こんな風に、JPCや競技団体を中心に「パラスポーツ普及」の取り組みは地道に行われ、広がりを見せています。
でも、8日に発表された内閣府による、「東京オリンピック・パラリンピックに関する世論調査」の結果によれば、「パラリンピックに関心がある」と答えた人が70.3%だったにも関わらず、「観戦に行きたい」人は36.4%にとどまったそうです。この数字を、あと5年でどれだけ伸ばすことができるのか。今回のゴールボール大会での取り組みも、「会場満員化」に向けて大きな参考になるだろうと思います。
(文・写真:星野恭子)