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《サッカー》東アジアレポート②「ロマンチストとリアリスト」(大住良之)

世の中には「ロマンチスト」と「リアリスト」がいる。

Jリーグの監督で言えば、「ロマンチスト」の代表は浦和レッズのミハイロ・ペトロヴィッチ監督だろう。独自の3-4-2-1システム(選手の並び方自体は模倣するチームが増えたが…)による超攻撃的なサッカーをひっさげて広島と浦和で通算10シーズン。そのロマンを貫くあまり、肝心なところで試合を落とすこともたびたびあったが、今季の「第1ステージ」では圧倒的な強さを見せた。

一方、「リアリスト」の代表は松本山雅を率いる反町康治監督だろうか。J1の他クラブと比較すると豊かとはいえない選手層を駆使してあの手この手を使い、とにかく勝ち点をかせごうとしている。人数をかけて守り倒すことも平気だ。もっとも松本程度の選手たちを率いてJ1で戦おうということ自体が最高のロマンチストだと、反町監督は反論するかもしれない。

さて、中国で開催されているEAFF東アジアカップ。8月4日(火)、5日(水)の両日で「第2ラウンド」が終わったが、女子のなでしこジャパンは韓国に逆転負けを喫して2連敗。3位以下が決まった。一方男子は韓国と1-1の引き分け。優勝の可能性は消えたが、最後の中国戦で勝てば2位にはいる可能性がある。

なでしこジャパンの佐々木監督は第1戦から選手を9人入れ替えて韓国戦に臨んだ。一方の韓国の入れ替えは3人だけ。なでしこジャパンでワールドカップ経験者はDFの田中明日菜(INAC神戸)ひとり。相手の韓国はワールドカップでラウンド16に進んだメンバーがほぼ残り、苦戦は必至と思われた。

しかし試合が始まると日本の若手の良さが光った。MF猶本光(浦和)を中心にMF柴田華絵(浦和)やFW田中美南(日テレ)がスピードと技術を生かして攻め、前半30分に先制点を取った後も、そして後半9分に同点ゴールを許した後にも攻め続けた。しかし後半ロスタイムにFKを直接決められて1-2で敗れた。

経験の少ない選手たちが多いなか、果敢な攻守は目を引いた。攻守両面で違いに助け合い、力を合わせるサッカーは、ワールドカップで準優勝を飾ったなでしこジャパン以上に「なでしこらしさ」があった。試合内容が素晴らしかっただけに、佐々木則夫監督は悔しさをむき出しにした。

一方、やはり韓国と対戦した男子は、第1戦から5人の選手を入れ替えたが、攻撃的に戦った第1戦とは比較にならないほど消極的で、韓国に一方的にボールを支配され、攻め続けられた。とくに前半45分間は、FW興梠慎三(浦和)を前線に残すだけで全員が深く引き、ボールを奪ってはけり返すだけというサッカー。アグレッシブで攻撃的なサッカーをするはずだったバヒド・ハリルホジッチ監督も怒るわけではなく見守っており、どうしてしまったのかと思った。

ところが試合はわからないものだ。圧倒的に攻めた韓国が奪った得点は、前半27分、日本のDF森重真人(F東京)のハンドによるPK1点だけ。一方、まったくチャンスのなかった日本は、前半39分に得た左CKを生かし、二次攻撃からMF山口蛍(C大阪)が鮮やかなミドルシュートを叩き込んで同点とした。そして後半20分から30分過ぎまで立て続けにあった決定的なピンチを全員が体を張って守り(ゴールのバーも助けてくれた)、1-1の引き分けにもちこんだのだ。

「前半はブロックが下がり、少し恥ずかしい試合をしてしまったかもしれない。しかしこの試合に向けての準備状態や自分たちの選手のクオリティーを考えれば、リアリストになるしかなかった」。試合後、ハリルホジッチ監督はそう話した。

すなわち、これまで掲げてきた「前線からのアグレッシブな守備」と「縦に速い攻撃」の旗をあっさりと下ろし、この試合で勝ち点を挙げるために下がって守備に集中したというのだ。

私は、北朝鮮戦レベルの攻撃ができれば、韓国と互角に渡り合うことは十分可能だったはずと考えている。ハリルホジッチ監督は個々のフィジカルが優れている韓国を過大評価してしまったのではないか。

ただ、ハリルホジッチという監督が「リアリスト」にも豹変できることを知ったのは、非常に興味深かった。できれば6月のワールドカップ予選・シンガポール戦で少しリアリストになってほしかったが…。

一方、経験の少ない選手たちに思い切り攻めさせた佐々木監督は「ロマンチスト」だったということになるだろうか。痛いしっぺ返しを食らったが、私は将来への重要な布石になったと、韓国戦のなでしこジャパンの戦いを高く評価している。

ところが、韓国戦の後、佐々木監督はこんなことを言った。

「3連敗して帰国することなどできない。最終戦の中国には何が何でも勝ちに行く。全員に出場機会を与えるということができなくなるかもしれないが、現時点のベストメンバーを出して勝ちに行く。内容よりも勝利を優先する。そしてある時間まで1-0でリードしていたら、最後は守りきるための手も打つ」

中国戦では「リアリスト」に徹するというのだ。

そしてハリルホジッチ監督は「コンディションも少しずつ上がってきたので、3試合目にはもっといい試合ができる」と話した。「リアリスト」として強豪韓国を相手に引き分けという結果を得た。最終戦は、これまで掲げてきた旗を再び揚げ、良いプレーをすることで勝利を追うという。すなわち、こちらは「ロマンチスト」復活宣言だ。

女子の最終戦は8月8日(土)日本時間で21時10分キックオフ。そして男子の最終戦は翌9日(日)の21時10分キックオフ。相手は男女とも中国だ。

それにしても、サッカーの監督というのは、「ロマンチスト」と「リアリスト」の間を行ったり来たりするもののようだ。

文:大住良之(サッカージャーナリスト)