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「大野のFW起用がなでしこジャパンを準優勝に導いた」(大住良之)

 正直なところ、今回は失望の結果に終わるのではないかと思っていた。

 

 6月6日から7月5日まで、1カ月間にわたってカナダで行われたFIFA女子ワールドカップ。前回、4年前の2011年にドイツで開催された大会で優勝して東日本大震災で沈みきっていた日本を熱狂させ、大きく元気づけたなでしこジャパン(サッカー女子日本代表)。しかし今回は、良くてベスト8、悪ければグループリーグ敗退もありうると、私は考えていた。

 

 この4年間、なでしこジャパンはワールドカップ翌年のオリンピック・ロンドン大会で銀メダルを獲得したものの、チームの「バージョンアップ」に失敗しただけでなく、2011年にも遠く及ばないプレー内容で攻守ともに精彩を欠く状況でカナダに向かわなければならなかった。

 

 その一方で、前回決勝で敗れたアメリカ、準々決勝で日本に敗れてロンドン・オリンピックへの出場権まで失ったドイツの「2強」は捲土重来を期してチーム全体のパスワークを磨くとともに伸び盛りの若手を加えてチーム力を伸ばしていた。それだけでなく、フランス、イングランド、スウェーデン、スイス、オランダといった欧州のチームも急激な進歩を遂げていた。

 

 実際のところ、大会が始まると日本はスイスに1-0、カメルーンに2-1、エクアドルに1-0と3連勝でグループを突破したのだが、プレー内容は非常に低調で、相手が「世界チャンピオン」の肩書きに敬意を払いすぎて消極的になった前半に奪ったゴールを、相手が積極的になった時間にはたじたじとなってなんとか守りきるという試合の連続。とても上位に進める状況とは思えなかった。

 

 ところがラウンド16以降の「ノックアウトステージ」で、なでしこジャパンはまったく違うチームに変貌した。

 

 佐々木則夫監督がFWに大野忍を起用したことが大当たりだった。

 

 大野は1984年1月23日生まれの31歳。156センチと小柄ながらスピードと突破力をもち、前回のワールドカップではレギュラーとしてプレー、大会の優秀選手にも選ばれた。しかし他国代表がDFラインも俊足選手を集めるなかでFWとして威力を発揮できず、今大会のグループステージでは右サイドのMFとしてプレーしていたものの攻撃に力を与えたとは言えなかった。

 

 その大野がラウンド16のオランダ戦でエースの大儀見優季と並ぶFWとして出場、予想外の働きを見せたのだ。攻撃面ではない。ボールを失ってからの最前線での驚異的な守備でチームを引っぱったのだ。DFだけでなくGKにバックパスが渡っても猛烈な勢いで追い、相手が逆をとって外してもそれを読んでさらについていくという守備は、オランダのDFラインを恐怖に陥れた。

 

 グループステージでのなでしこジャパンは不正確なロングパスが多く、チームは間延びしていた。パスが通ってもサポートは遠く、奪われるとなかなか詰められず、そこから攻撃を許した。

 

 しかし大野が最前線で相手を追い詰めたことにより、中盤の選手もDFラインも前に前にと出ていき、自然に中盤が詰まった。だから相手DFが苦し紛れに前線に出したボールを、なでしこジャパンは狙いを定めてインターセプトすることができるようになった。

 

 こうした形でボールをもてば、なでしこジャパンにとって理想の形ができる。グループステージと比較すると選手間の距離がぐんと近くなり、パスがつながり、リズムが生まれ、守備も楽になったのだ。

 

 大野と並ぶもうひとつの要素は、コンディションの上昇だった。グループステージの3戦目からラウンド16までに与えられた1週間で、なでしこジャパンのフィジカルコンディションは最高レベルに達し、ノックアウトステージの準決勝までは相手を「走り」で圧倒した。終盤まで落ちない運動量は、「なでしこのサッカー」の重要なバックボーンだった。

 

 ラウンド16のオランダには2-1、準々決勝のオーストラリアには1-0、そして準決勝のイングランドには2-1と、どれも接戦だったが、なでしこジャパンは終始自分たちのリズムで試合を進め、勝って当然の内容だった。

 

 準決勝のイングランド戦は、1-1で迎えた後半ロスタイムにMF川澄奈穂美が入れたボールを相手DFバセットがクリアし損なってゴールにはいる「オウンゴール」での勝利。イングランドでは「悲劇」と報じたが、川澄のパスはバセットが倒れながら触れなければ大儀見に渡り、決定的なシュートが放たれていた場面。バセットの足に当たったボールがゴールにはいったのは、幸運ではなく、川澄のパスの鋭さ、ボールに込めた力を評価するべきものだ。それを防ごうと全力を尽くしたバセットのプレーは美しいと表現してもいいもので、嘆く必要などまったくない。

 

 ただ、決勝はまったく様相が違った。

 

 アメリカは日本対策に特別なセットプレーを用意していたのだ。

 

 大柄な選手が突っ込んでくるのを、なでしこジャパンは懸命に防ごうとする。その意表をついて、低いボールを送るというセットプレーだった。前半3分と5分に右CKと右からのFKを低くけったアメリカは、あっという間に2点をリードした。

 

 惜しまれたのは、ここでなでしこジャパンが自信とバランスを失い、それを取り戻す前にさらに2失点したことだった。相手陣にたくさんの選手を送り込んだ時点でMF阪口夢穂のパスミスを奪われて日本選手が誰もいない右に展開され、そこから入れられたボールからDF岩清水梓のクリアミスを拾われて3点目。その2分後には、相手ペナルティーエリア前でのMF宮間あやのミスパスを拾われ、ロイドがハーフライン上からシュート。前進していたGK海堀あゆみは懸命に戻ったが防ぎきれなかった。

 

 この3点目、4点目は、この大会前、あるいは前半のなでしこジャパンを見るようで、中盤のイージーなミスが攻撃の足をひっぱるばかりか決定的なピンチを招くというものだった。

 

 その後なでしこジャパンは大儀見が1点を返し、前半のうちにMF澤穂希とFW菅澤優衣香を投入して、ようやくなでしこジャパンらしい試合ができるようになった。

 

 しかし後半7分に相手オウンゴールで2-4と2点差に迫り、「さあ、ここから」というときに再びCKから失点し、万事休した。

 

 大会だけ見れば、選手たちは本当によく戦ったし、アメリカのリスタートに対する備えを除けば佐々木監督も采配の冴えを見せた。もてる力は出し尽くしたし、最後まであきらめない姿勢も見せた。

 

 問題は大会以前にあった。日本サッカー協会の女子代表強化策、連覇のためにどんなサッカーを目指すか、そのビジョンのなさや指針のぶれにこそ、「バージョンアップの失敗」があったことを忘れてはならない。

 

 ワールドカップで2大会連続決勝進出は、それ自体が偉大な業績だ。だが「新しいなでしこジャパンのサッカー」を築いていかない限り、今後はもっともっと苦しくなる。

 

〈文:大住良之(サッカージャーナリスト)、写真:日本サッカー協会ホームページより〉