日本のバレーボールは“お家芸”になったから弱くなった(玉木 正之)
NHKテレビの『ニュースウォッチ9』の大越キャスターが、スポーツニュースの報道中に次のような言葉を口にしたので、おもしろいことに気付いた。
「日本のお家芸バレーボールの日本代表男子チームに、初の外国人監督が就任しました……」
日系4世のアメリカ人ゲーリー・サトウ氏の就任を指しての言葉だった。が、はたして、バレーボールを「日本のお家芸」と言っていいものか……?
バレーボールは19世紀末(1895年)に、アメリカ・マサチューセッツ州ホリヨークのYMCAで体育部主事をしていたW.C.モーガンによって考案されたボールゲームである。
その4年前にマサチューセッツ州スプリングフィールドのYMCAで考案されたバスケットボール(考案者はJ.ネイスミス)が、室内で行うフットボールとして、相当に激しく多くの運動量を要する若者向きのボールゲームとして発展したため、バレーボールは、さほどの運動量を必要としない中高年向きのボールゲームとなることを企図して創られた。
最初は5人対5人の5人制だったらしいが、その後9人制となって発展。しかし発祥の地であるアメリカでは、中高年向けの球技というイメージが濃厚に残り、競技としては発展せず、なぜか海を渡って20世紀の東欧共産圏の国々で発展。
日本へは明治末期に伝わり、第二次大戦後9人制ルールが6人制に統一され、初めてオリンピック競技となった1964年東京大会で女子代表が金メダルを獲得。
1972年のミュンヘン大会では男子が金メダル、1976年のモントリオール大会では再び女子が優勝。その頃から中南米など世界各国に、何人もの日本人バレーボール関係者が指導者として渡るようになった。
ブラジルやペルーやアルゼンチンのバレーボールの強化には、日本人コーチが大きく貢献し、一時期、プロ野球のチームがキューバの強打者や好投手を獲得しようとしたときには、「トレード要員」としてバレーボールのコーチを要求され、当時、日本体育協会や日本オリンピック委員会とはまったく関係のなかったプロ野球界は、キューバ選手の獲得を諦めざるを得なかった、などという出来事もあった。
バレーボールが「日本のお家芸」と言われるようになったのは、その頃からのことかもしれない。が、やがて、東欧圏諸国だけでなく、競技スポーツとしてのバレーボールに目覚めたアメリカや、プロ・リーグが盛んになった西欧諸国、さらに、いつの間にか、かつてはコーチの派遣を要請されたキューバやブラジルに歯が立たなくなり、日本のバレーボールは、社会人リーグのプロ・リーグ化もできないまま、世界から取り残され、指導する立場から、外国人監督に指導される立場に変化した、というわけだ。
しかし日本のバレーボール界では初めてのことでも、外国人代表監督など、世界では珍しいことではない。
スポーツの大原則は実力主義。実力ある適任者は国境を超える。近代サッカー(アソシエーション・フットボール)発祥の国としてのプライドを強く抱いているイングランドでも、2001年にはスウェーデン人のスヴェン・ゴラン・エリクソンを代表監督に招き、02年の日韓大会と、06年のドイツ大会の2大会連続ベスト8入りを果たした。
いや、スポーツの世界以外でも会社のCEOや大学教授はもちろん、国や都市を代表するオーケストラの指揮者やコンサートマスターから、オペラ座の主役、バレエのプリマドンナまで、現代の世界ではあらゆるジャンルの指導者や主役が、国籍を問われることなく国境を超えている。
そんな現代の国際社会で、国籍や国境が厳然と存在するものが日本にはある。それが「日本お家芸」で、能・狂言・歌舞伎・浄瑠璃……など「宗家・家元」が伝統を継承している「日本」の「家」の「芸」だけは、その「家」に生まれた人物(すなわち日本人)しか継承できないことになっている。
だから……日本のバレーボールは、「お家芸」などと呼ばれるようになって以来、弱くなったに違いない。
日本独特の文化である伝統芸能ならともかく、実力主義で国際的なスポーツ、日々新たな技術革新……トレーニング法や、指導法や、戦術徒党が次々と生まれているスポーツの世界で、「家元制度」と間違われるような表現をされるようでは、強くなるわけがない!
そんななかで外国人監督は、「スポーツ家元制度(お家芸)」の打破には最適だろう。
が、同時に、なぜバレーボールが「お家芸」に堕してしまったのか、その検証も行ってほしい(嘉納家の「お家芸」である日本柔道が救いがたい状態に陥ったことについては、また改めて書きたいと思います)。
追記:この原稿とは全く関係ないことですが、スヴェン・ゴラン・エリクソンは、イングランドのナショナル・チーム監督に就任したとき、自分で選んだ世界のクラシックの名曲の3枚組CDを出している。これがなかなか素晴らしく、イギリスの名曲、北欧の名曲、世界の名曲に分かれており、クラシック・ファン、オペラ・ファンには(サッカー・ファンにも?)絶対オススメのアルバムです。
『スヴェン・ゴラン・エリクソン - クラシック・コレクション』
【毎日新聞5月25日付『時評点描』+Camerata di Tamakiナンヤラカンヤラ+DNオリジナル】
写真提供:フォート・キシモト