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「チームがなく、個人しかなかった日」(大住良之)

 こんな形で懸念が現実のものになるとは思わなかった。

 

 日本代表は6月16日にワールドカップ2018ロシア大会アジア第2次予選初戦を戦い、シンガポールと0-0で引き分けた。

 

 日本は圧倒的にボールを支配し、攻め続けた。シンガポールは自陣ペナルティーエリア前にDF4人とMF5人の厚いラインを敷き、日本の攻撃をひたすらはね返し続けた。

 

 「私の長いサッカー人生で、1試合に19回もの決定的な得点機をつくりながら得点できずに引き分けるというのは、初めての経験だ。チームは勝つためにすべてを出し尽くした。ただ、最後のところでチャンスをものにできなかった。あわてたのか、運がなかったのか。相手のGKがすばらしかったこともある。厳しい結果だが、選手を責めることはできない」

 

 試合後の記者会見で、ハリルホジッチ監督はこう話した。それは、選手たちのプレーには100%満足しているが、得点だけがなかったと言っているようだった。

 

 私の見方は大きく違う。

 

 この試合の日本代表は、キックオフ直後から4分間しかなかった後半のロスタイムまで、徹頭徹尾個人の戦いしかできなかった。ハリルホジッチ監督は、後半にはまるで病気のようだったMF香川真司に代えてFW大迫勇也を入れて2トップに変更(4-2-3-1から4-2-2へ)し、さらにボランチの柴崎岳に代えて攻撃的MFの原口元気を投入して4-1-3-2へとシステムを変えた。

 

 しかし「個人での戦い」に変化はなかった。だから結果は同じだった。

 

 ハーフタイムのハリルホジッチ監督の指示は、本人の話によればこうだ。

 

 「中央からの攻撃が多すぎるから、フィニッシュが難しくなる。中央を崩すならワンタッチプレーを2回、3回と続ける必要がある。できるだけ外から攻め、クロスを入れてくれ。とくに逆サイドへの斜めのパスを入れ、そこで突破してクロスを入れる。その練習はしてきたな。逆への展開からワンツーパスによる突破やオーバーラップによる突破を入れるんだ。太田(宏介)、きょうはきみの試合だぞ!」

 

 ハリルホジッチは前半の問題点を現象としては理解していた。

 

 前半の日本は、最前線に4人がはりつき、そこに後ろからパスを入れると、パスを受けた選手がなんとか前を向いてシュートに持ち込もうというプレーに終始していた。何度かはMF柴崎の鋭いスルーパスからシュートまで持ち込めたこともあった(それをハリルホジッチは「19回の決定的な得点機」と表現した)が、多くは体を張って守るシンガポールのDFにつかまった。そしてシュートは不正確だった。

 

 だがハリルホジッチは本当の原因を理解していなかったのではないか。

 

 前半の無様なサッカーの真の原因は、すべての選手がそれぞれ自分で最高のプレーをしてシンガポールを倒そうとしていたことにあった。ボランチの長谷部誠や柴崎は一発のパスで前線の選手にチャンスを与えようとしすぎ、前線の選手たちはパスを受けたら自分ひとりで決めようとした。

 

 すなわち、「チームプレー」がかけらもなかったのだ。

 

 シンガポールのように自陣に引いて守備組織をつくるチームを攻め崩すには、ボールなしの動きで相手DFを引きつけることによってスペースをつくり、別のタイミングを逃がさずにそのスペースを生かすアクションを起こし、そこを使うことで守備組織に混乱を生み出し、ついていくしかない。

 

 日本代表選手なら、そうしたプレーがベースとしてあるはずだ。しかしハリルホジッチがあまりに個々の積極果敢な姿勢を奨励したためか、この試合では極端に走ってしまった。

 

 「自分だけで決めようとしてはいけない。チームが勝つことが何より大事だ。2人、3人がからんでワンタッチパスで突破しよう。そして相手の苦し紛れのクリアを拾い、二次攻撃、三次攻撃をかけよう。相手より早く走り出し、相手よりたくさん走ろう」

 

 もしハリルホジッチがそう話し、選手たちが理解したら、後半はまったく違ったものになっただろう。私は当然そうなると予想したし、期待していた。

 

 しかし後半にはいってもプレーは前半とまったく同じだった。相変わらず個人での突破の試みに終始した。システムを変えてもプレーが変わらないのを見て、私は「きょうは奇跡は起きない」と感じた。

 

 過去のワールドカップ予選では、最後の最後まで苦しんで後半ロスタイムに奇跡的な決勝点を奪ったことが何回もあった。その舞台はすべてこのシンガポール戦が行われた埼玉スタジアムだった。だが、それらの苦しんだ試合も、プレー内容はずっと良かった。選手たちはエゴに陥らず、チームのためのチームでプレーしようとしていた。

 

 2015年6月16日のシンガポール戦は、過去48年間で私が見た日本代表の試合のなかで、最も「チーム」が感じられないものだった。0-0の引き分けは当然だった。

 

 欧州のビッグクラブでプレーしているというだけでアジアのなかでは「ビッグスター」ではあっても、本田も香川も、そして宇佐美も、メッシでもクリスティアノ・ロナウドでもない。チームでプレーするというベースがあって、初めてハリルホジッチの説く「個人のチャレンジ」が意味のあるものとなることを忘れてはいけない。

 

 この試合で唯一、日本らしいコンビネーションプレーらしきものが見えたのは、後半24分の攻撃だった。中央のやや右よりで柴崎がペナルティーエリアに向かって走る本田にパスを出し、本田が体を入れてキープ。全力で走り込んできた柴崎にタイミングよく落とすと、それを拾って一気に突破しようとした柴崎にシンガポールのDFシャイフルが体当たりした。柴崎は吹っ飛び、シャイフルは「やってしまった」とばかりに両手を頭の上に上げた。当然PKの場面だったが、イラクのモハナド・サライ主審の判定は「ノーファウル」だった。

 

 このときのような後ろからの走り込み、そしてそこへのパスは、この試合ではほとんどなかった。大半のプレーが、「渡したら渡しっぱなし、受けたら受けっぱなし」だったのだ。

 

 こうしたことに、日本代表チームは、そしてハリルホジッチは気づくだろうか。

 

 気づかなければ、前途は多難だ。

 

〈文:大住良之(サッカージャーナリスト)、写真:シンガポール戦を前にしたハリルホジッチ監督(日本サッカー協会ホームページより)〉