ノーボーダー・スポーツ/記事サムネイル

来季の巨人vs阪神・アメリカ開幕戦は「日本球界消滅」への第一歩か!?(玉木正之)

来シーズン(2014年)の3月末、日本のプロ野球(NPB)セントラル・リーグの巨人と阪神が、太平洋を渡ってロサンゼルスとアナハイムで、ペナントレース開幕公式戦を戦う——というニュースは、既に一部スポーツ紙などで報じられたので、御存知の方も多いかもしれない。そしてその計画が、いよいよ本格的実施に向けて動き出したようだ。

日本の2チームは、アメリカ・メジャーのチームと練習試合を1〜2試合こなし、それから日本のプロ野球(NPB)の公式戦を、メジャーの球場で行うという。

1試合目は巨人のホームゲームでドジャー・スタジアム、2試合目は阪神のホームゲームでアナハイム・スタジアムで行われるらしいが、アメリカでNPBの公式戦を行う意味が、いったいどこにあるというのだろう?

巨人は、その前身である大日本東京野球倶楽部が1934年に結成されて、ちょうど80周年の記念の年になるので、その記念事業として……と、もっともらしい口実をコメントしているが、そんなことは、ちょっとした偶然に過ぎない。

いよいよ日本のプロ野球が、アメリカ・メジャー・リーグ(MLB)に呑み込まれるときが近づいてきた、と考えるのが妥当だろう。

折しも来年は、メジャーの開幕戦が東京ドームで行われ、ダルビッシュ有を擁するテキサス・レンジャースの来日が決まっているという。

つまりアメリカ・メジャーと日本のプロ野球が、互いに太平洋を渡って開幕戦を行うことになるのだ。そこで様々な問題点が見つかれば、それは何年かあとの日本プロ野球のメジャーリーグへの「加盟」後の試合運営の参考にするわけだ。

日本のメジャー・チームは、極東地区リーグとして4〜6チームでペナントレースを争い、優勝チームはワールド・シリーズにつながるプレイオフに出場する。もちろんシーズン中は国内の4〜6チームの同じリーグ内のチームを相手に試合をするが、インターリーグ(リーグ交流戦)として、アメリカに渡って試合をしたり、アメリカのチームが来日して試合をする……ということになるらしい。

いや、「何年かあと」の話を急いで持ち出すのは早計かもしれない。が、来年の「日米開幕戦交換興行」は、単なる「記念事業」などではなく、日本のプロ野球(NPB)が再編されてアメリカ・メジャー・リーグ(MLB)の極東地区に加わる……という流れが、現実に動き出す「第一歩」のような気配がするのだ。

考えてみれば日本のプロ野球は、ベーブ・ルースやルー・ゲーリッグらを中心とするメジャー選抜チームの招聘(読売新聞社主催)をきっかけとした大日本野球倶楽部の誕生以来、常にアメリカ野球(MLB)の大きな影響を受けつづけ、その背後に付き従う形で歴史を積み重ねてきた。

日本のプロ野球界が背中を見続けてきたアメリカ・メジャーリーグの野球は、過去に2度、革命的な大変化を起こしている。

1度目は1919年ベーブ・ルースの出現。それまでは、どんな打者でもシーズン10本程度で記録にも残されず、評価も全くされなかった「偶然の大当たり」を、ルースは29本も放ち、翌年には54ホーマーで、ファンの度肝を抜いた。

オールド・ファンは(とりわけニューヨークタイムズ紙のベースボール・ライターなどは)、野手の頭上を遥かに超えて飛び去る打球を「卑怯な打法」と断じ、タイ・カッブ式の守備の間を抜く狙い打ち(プレイスメント・ヒット)こそ野球の王道と、ルースのパワー・ヒッティングを非難した。

が、大空に舞う白球の魅力に惹かれ、ファンはルースに大喝采。野球はホームラン時代の幕を開けた。

その波は、ルースと対戦したときの大日本野球倶楽部や、戦前の日本の職業野球に影響を及ぼすことはなかった。が、第二次大戦後になって、米軍の占領とともに(GHQの指導もあって「飛ぶボール(ラビットボール)」を使ったという説を唱える人もいる)約四半世紀遅れで日本に伝わり、青バットの大下弘以来、中西太、野村克也、王貞治……以来、現在に到るまで引き継がれる。

メジャーリーグの2度目の革命は1997年。オークランド・アスレチックスにビリー・ビーンというゼネラル・マネジャー(GM)が登場。ビル・ジェイムズという名の退役軍人が、缶詰工場で働く夜勤の暇潰しに、様々な過去の野球のデータを再分析。「セイバーメトリクス」(Society ob American Baseball Research+metrics=測定規準)と名付けられた方法論を活用してチームを編成。

打者や投手に対する新しい評価規準(打率・打点・防御率……等を否定し、出塁率・長打率・奪三振……等を評価)と、戦術に対する新しい考え(送りバントや盗塁などを否定)を実践。ヤンキースの3分の1の選手が年俸総額で同等の成績を残し、野球関係者とファンを瞠目させた(セイバーメトリクスは、ホームランを含む長打に対する評価が高く、これは「ホームラン時代の幕開け」以来の延長線上にある新時代と言える)。

マイケル・ルイス著『マネー・ボール[完全版]』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)は、その経緯を記した上質のアメリカン・サクセス・ストーリーで、ブラッド・ピット主演で映画化もされた。

もちろん日本のプロ野球にも影響を与え、ロッテ、日本ハム、それにナベツネ(渡辺恒雄読売新聞社社主)に反旗を翻す前の清武英利氏がGMを務めていた時代の巨人……など、いくつもの日本の球団もチーム作りの基本理論として採用した。

鳥越規央著『本当は強い阪神タイガース』(ちくま新書)では、日本のセイバー・メトリクス研究の第一人者が「野球の新しい考え方」を教えてくれる。

たとえば1人の打者が仮に1〜9番の全打順を打つとすると、1試合に何点取れるか……。それを、複雑な計算式から導くと、王(10・23)松井(8・81)イチロー(8・73)落合(8・47)カブレラ(8・34)張本(7・98)……と並ぶ。その数字と名前を見るだけで野球ファンは大興奮する(笑)。

さらに本書のタイトル通り阪神ファンが仰天するようなデータも数多く紹介されている。が、興味深いのは、著者と元阪神球団社長野崎勝義氏の対談だ。「球団の成績は経営力に左右される」と、野崎氏は断言する。

一球団の「問題」の核心は、プロ野球界全体の「問題」につながる。つまり、球団の成績は、経営力(各球団の様々なビジネス努力)で、成果を出すこともできる。が、日本のプロ野球は、球界全体としてビジネスを行う「リーグ・ビジネス」が発達しなかった。

MLBは、ちょうどセイバーメトリックスが注目された頃と相前後して、個々の球団以上にリーグ全体、球界全体としてのビジネスを開始。コミッショナーが、CEOの役割を果たし、巨大な「リーグ・ビジネス」を展開し始めたのだが、常にアメリカ野球の影響を受けつづけた日本のプロ野球に、残念ながら、そのビジネス形態だけは伝播しなかった。

それは、自分の球団さえ良ければ……自分の球団さえ儲かれば……というエゴが、日本のプロ野球全体をビジネスとして発展させることを妨げた……ともいえる。が、球団や球場の親会社や主要株主に、テレビや新聞のメディアが名を連ね、あらゆるスポーツをビッグビジネスに押し上げた放送権料の高騰を親会社と株主が抑え込み、リーグビジネスの構造(資金源)を骨抜きにしていることが最大の原因と言えるだろう。

桑田真澄・平田竹男著『新・野球を学問する』(新潮文庫)では、体罰問題からWBCまで日本野球の様々な問題点が語り尽くされたうえで、《今の野球界の問題点は、誰がリーダーシップを取り、どんなビジョンを持ってやっているのかが(略)まったく見えない》との至極真っ当な結論に至る。

パ・リーグは、自分たちだけでパシフィック・リーグマネジメント株式会社を立ちあげ(2007年)、インターネット動画配信などを行い始めたが、マスメディアの力が強すぎるセ・リーグはそのようなメジャーをモデルにしたビジネスには否定的(そしてメジャーに加わろうとしている?)。

前出の文庫本で桑田氏も次のように危惧する。

《十年後、二十年後の将来が心配です。(略)メジャーリーグに吸収されていたりする恐れもあるでしょう。いまは韓国もすごく野球に力を入れてますから、いあまから日本がアジアの野球界を一つにまとめていく努力をしておかないと、世界での存在感がどんどん弱くなるような紀がします》

そして並木裕太著『日本プロ野球改造論』(ディスカヴァー携書)でも、《アメリカ・メジャーの世界戦略に呑み込まれようとしているプロ野球》が生き延びる具体的な戦略として、アジア野球との連帯など、きわめて納得のゆく結論が導き出されている——。

5月5日、長嶋・松井両氏への国民栄誉賞授与式に登場した安倍総理は、アベノミクスの「三本の矢」(金融緩和、財政出動、成長戦略)を念頭に、「夢に向かって頑張っていくことこそが四本目の矢になる」と挨拶した。

この言葉には少々違和感を覚える。

なぜなら野球は「夢」と同時に、成長戦略の一翼を担う巨大なスポーツ・ビジネスでもあるはずで、既にメジャー(MLB)はそれを高度に実践しているのだ。

しかし、日本では超ドメスティックな産業である新聞・テレビといったメディアが、親会社や株主としてプロ野球界に強大な力をふるっている。メディアは当然、MLBのような世界のマーケットを視野に入れたビッグ・ビジネスに手をつけることができない(その発想もなければ、能力もない。だから日本国内での利権を守るためにメジャーに加盟する?)。

また、高校や大学のアマチュア野球も、大きな人気(マーケット)が存在するにもかかわらず、「アマチュア」という以上に「教育」という「縛り」を自らに課し、アメリカの大学フットボールや大学バスケットボールのような「ビジネス化」ができないでいる。

高校野球をきちんとビジネス化して、全国の高校野球部の資金を潤沢にして、高校野球と高校教育を発展充実させる……という発想は、出てこない。商業高校の野球部の生徒には、春のセンバツや夏の甲子園のビジネス規模やマーケティングを研究させて、実践させるほうが、よほど現代の世界で「教育的」と言えるように思えるのだが……。

そうして野球を、ただ「夢」と親会社の利益中心の活動に終わらせていると、日本の野球はやがて、ビジネス上手な(つまり野球というスポーツを育てることが上手い)アメリカのメジャーに、呑み込まれてしまうのは当然と言うべきかもしれない。

本城雅人著『球界消滅』(文藝春秋)は、それを近未来小説で描いた面白い作品だ。

フィクション(小説)としては面白い。

が、とうとうフィクション(虚構)がリアル(現実)になる日は、間近に迫っているようだ。それは、日本の野球文化が崩壊する時……となってしまうのだろうか? それとも、日本の野球界が健全な姿になる(マスメディアの支配から離れ、メディアもジャーナリズムに徹するようになる)きっかけとなるのだろうか?

いま、アメリカ西海岸の野球関係者は、来年の巨人vs阪神開幕戦での観客の入りを心配しているという。はたして日本からの観光客はどれくらい訪れ、日系アメリカ人はどれくらい集まり、アメリカの野球ファンはどのくらい興味を示すだろう?

最近アメリカを訪れた野球関係者は、アメリカの関係者に、次のように訊かれたという。

「巨人と阪神に、韓国人のスター選手はいないのか? いない? だったら今からでも獲得する気はないのか?」それがアメリカ野球関係者の最も短期的な戦術的思考とするなら長期的な戦略は……?

加藤コミッショナーやナベツネは、いったいどういう考えでメジャーに接近しているのか? 日本のプロ野球界が「記念事業」などと言っている限り、アメリカ・メジャーのビッグビジネスにとっては、赤児のように腕を捻るようなものなのか……?

(日本経済新聞5月12日付書評面「今を読み解く」+Camerata di Tamaki「ナンヤラカンヤラ」+NLオリジナル)
写真提供:フォート・キシモト