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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(519) 「分け隔てなく、皆一緒に競い、楽しむ」――インクルーシブなスポーツイベントが続々!

近年の社会課題としてよく耳にする、ダイバーシティ(多様性)やインクルージョン(包摂)。そんな状況を受け、最近は障害のあるなしにかかわらず、誰もが参加できる大会やイベントが増えています。インクルーシブな大会は、普段は交わることの少ない選手同士が関わり合う良いチャンスです。また、クラス分けもあって競技人口が限られるパラアスリートにとっては、「競り合い」を経験できる貴重な機会です。健常の選手にとっても、パラアスリートの創意工夫する姿勢や世界で活躍する姿に刺激を受けたり、障害やバリアフリーなどさまざまな気づきを得られる良い機会でもあります。今号では10月前半に開催された2つのインクルーシブなイベントに注目しました。

■NAGASEカップ陸上競技大会

10月12日から13日にかけて国立競技場(東京・新宿区)で開催された「NAGASEカップ陸上競技大会(WPA公認、WRkワールドランキング対象競技会)」は「誰もが参加できるインクルーシブな大会」として2022年に創設されました。障害の有無や年齢、国籍などさまざまな境界を越え、ともに競い合うことで、互いを理解し、認め合うことを目的に開かれ、年々認知度を高めています。

3回目の今年はシンガポールやカンボジアからの参加を含む健常者1,500名、パラアスリート200名の約1,700名がエントリーしました。パラ選手からは2日間で世界新記録が3、アジア新記録が7、日本新記録が16、誕生。世界記録とアジア記録には特別協賛社の長瀬産業より報奨金「ナガセプライズ」が贈呈されました。

長瀬産業には2018年から全盲のランナーでパラリンピックメダリストの和田伸也選手が所属しており、同社の「挑戦しつづけるパラアスリートから得られた気づきを社会に還元したい」という思いが、このインクルーシブな大会「NAGASEカップ」創設へとつながっています。

初日の最終種目は、「4x100mワクワクリレー」。各チームの申告タイムの近さを競うレースで、各チームのアンカーはパラアスリートたちが務めた。左から、T11(視覚障害)和田伸也選手と長谷部匠ガイド、T13(視覚障害)福永凌太選手、T64(義足)井谷俊介選手

男子800mT63(義足)で2分44秒05の世界新記録を樹立した山本篤選手は今年5月に現役引退を発表していますが、「国立競技場で走るのは東京パラリンピック以来の2回目で、家族も応援に来たいというので、出場を決意。走るなら世界記録を出そうと思った」と挑戦の目的を話すとともに、「いろいろなことにチャレンジしようよというメッセージを伝えたいし、これからも僕は未知の世界の扉を開けたい」と、今後もさまざまな挑戦を続けることを話しました。

健常のランナーに混じって800mのスタートを切る山本篤選手(右から2人目)。「自分のペースを守っていこうと思いました」

JPA選抜(T20)チームは男子4×400mリレーに出場して3分22秒05をマークし、知的障害クラス(Virtus)の世界記録を塗り替えました。1走の三島楽人選手は、「スタートの音が聞きづらく、出遅れてしまったが、後半は自分の走りができました」。2走の岡田和輝選手は「走る前から皆いい雰囲気で、一人ひとりが自分の走りを全力でできました。国立競技場で素晴らしい記録を出せたことも嬉しい」。3走の森平蔵選手は、「自分の役目を全うしようと全力で駆け抜けました。このメンバーでまた、記録を出したいです」。アンカーの臼木大悟選手は、「この大会でリレー種目を作ってくださり、感謝しています。落ち着いて走ろうと思いましたが、ラストは世界記録を出すぞとがむしゃらに全力でフィニッシュしました」。それぞれが充実の表情でレースを振り返りました。

男子4×400mリレーで知的障害(Virtus)世界新記録を樹立した JPA選抜(T20)チーム。左から、三島楽人選手、岡田和輝選手、森平蔵選手、臼木大悟選手

また、男子400mに出場した稲富空大選手は1分08秒62で走り抜き、知的障害・ダウン症クラス(VirtusII-2)の世界新記録を樹立。「苦しかったけど、とてもうれしいです」と喜びを語りました。

男子400mで知的障害・ダウン症クラス(VirtusII-2)の世界新記録をマークした稲富空大選手(左)

パリパラリンピック男子100mT13(視覚障害)銅メダリストの川上秀太選手は今大会100mと200mに出場し、200mではアジア新記録(21秒82)をマークしました。パラ選手のみの国内大会では競技者も少ないため、「競った試合が国内で経験できるのはありがたい」と、同レベルの健常者と競えるインクルーシブな大会を歓迎。さらにこの日は、デフリンピック金メダリストの佐々木琢磨選手とも同組で競り合い、それぞれ好結果を出しました。「いいライバルが見つかった」と互いに喜びあった二人。パラアスリート同士の今後の切磋琢磨も楽しみです。

聴覚障害のある佐々木琢磨選手(左)と視覚障害のある川上秀太選手

■もっと近くへ!パラアスリート~ランニングワークショップ~

10月5日には、「もっと近くへ!パラアスリート~ランニングワークショップ~」が世田谷区立総合運動場陸上競技場(世田谷区)で開催されました。パラリンピックのメダリストをはじめとするパラアスリートが講師を務めるランニングイベントで、好評につき昨年につづいて2回目の開催でした。

今年はあいにくの雨模様だったものの、応募者多数のため抽選で選ばれた老若男女90名が参加。走力や走歴に応じたグループに分かれ、それぞれ講師を務めたパラアスリートとともに走り、交流を深めました。

参加者と笑顔で会話しながら走る、T64(義足)の田巻佑真選手(左から4人目)

パリパラリンピック陸上男子T11(視覚障害)5000m銀メダルの唐澤剣也選手は、日常的に走っているランナーのグループを担当。トラックを周回しながら、伴走ロープを握って唐澤選手を伴走する参加者の姿も見られました。

参加者にガイドされながら走る唐澤剣也選手 (左から2人目)

唐澤選手は、「ガチ系ランナーが多く、練習メニューやシューズなど、ランナーならではの質問もあり、楽しく走れました。視覚障害ランナーはガイドランナーがいないと走れません。ガイドランナーの体験を通して、競技について知ってもらうことはパラスポーツの発展にもつながるので、とてもいいイベントだと思いました」と、イベントの意義を語りました。。

参加者の女性はこの秋、ハーフマラソンとフルマラソンのレースを控えていると言い、唐澤選手直伝の体幹トレーニングにも積極的に取り組み、「銀メダリストにいろいろ教わって、とても参考になりました」と声を弾ませました。

ウォーキングで参加のグループを担当したのはデフリンピックのメダリストたちで、来年11月に開催予定の東京デフリンピック日本代表も目指しています。参加者とは手話通訳士を介しながら交流し、ミニ手話教室のようなシーンも見られました。

講師を務めた中長距離ランナーの岡田美緒選手は、「子どもたちの中には、『聞こえない人と初めて会った』という人も多く、生活の仕方や練習方法などデフスポーツを知っていただけるいい機会になりました」と笑顔で振り返り、スプリンターの佐々木琢磨選手は、「デフリンピック、応援にきてください」と、大舞台をPRしていました。

参加者に、手話を教えるデフアスリート、岡田美緒選手 (左)

ランニング後はグループ別の「トレーニング講習会」も行われ、講師たちが日ごろの練習メニューや速く走るコツなどを伝授。T34(脳性まひ・車いす)の吉田彩乃選手は上半身の筋肉のストレッチなどを、T47(上肢障害)の多川知希選手はスタートダッシュのコツなどを伝えていました。最後はグループごとに軽食を取りながら講師を囲んでの交流会も行われ、和やかな雰囲気でイベントは終了しました。

「トレーニング講習会」で、ストレッチを教える吉田彩乃選手(右)

同じくパリ大会陸上男子T52(車いす)400m銅メダルの伊藤智也選手は競技用車いす「レーサー」で並走しながら、参加者に声掛けたり、質問に答えたりしていました。

「僕らにとって競技場は職場。こんなに朗らかにのんびり走るのは初めてで、新鮮でした。(車いす陸上は)競技特性が違うので、技術的なことでなく、ケガをしない体づくりをメインに話したが、皆さん、前向きに聞いてくださり嬉しかったです。健常者、障害者という枠を超えて、皆が尊敬し合って、一歩ずつ走っていた光景は美しかった。最高でした!」と、コメント。

伊藤選手と走った50代の男性参加者は、「伊藤選手が61歳と聞いて驚きました。上半身の筋肉がすごくて、私ももっと頑張ろうと思いました」と刺激を受けた様子でした。

他に、松本武尊選手(T36/脳性まひ)、吉川琴美選手(T37/脳性まひ)、米岡聡選手(T11/視覚障害/トライアスリート)も講師を務め、「楽しかった」「いい刺激になった」などポジティブなコメントが聞かれました。

「もっと近くへ!パラアスリート~ランニングワークショップ~」の参加者たち

(文・写真:星野恭子)