ノーボーダー・スポーツ/記事サムネイル

男子ゴルフの救世主となるか 松山英樹「本当の価値」(文・小林 一人、写真・宮本 卓)

今年4月にプロ宣言した松山英樹が、2戦目のつるやオープンゴルフトーナメントで優勝を果たした。66歳の尾崎将司が初日に62のエージシュートを達成し、日本中の注目が集まったこの試合は、アマチュア時代から「怪物」の名を欲しいままにしたスーパールーキーの劇的な勝利で幕を下ろしたわけだ。

この週の火曜日、松山は東北福祉大学の先輩である岩田寛、それから昨年デビューした杉並学院高校出身の新人・浅地洋祐と共に会場となる山の原ゴルフクラブで練習ラウンドをしていたが、18番ホールで印象的な光景があった。

ピンは最終日と同じグリーン右サイド中ほどに切ってあったのだが、第2打をピンそばにつけた松山は、パッティングもそこそこにグリーンの奥に向かった。そしてギャラリースタンドのフェンスに密接するダウンヒルにボールを落とすと、そこからピンを狙ってアプローチの練習を始めたのだ。

優勝争いをしているときなど、アドレナリンが出てボールが飛んでしまうことがある。最終ホールならなおさらだ。それを想定して練習しているのだから、やはり只者ではないな、と感心しながら見ていたのだが、彼の繰り出すボールを見ているうちに、目の前にいるのが「松山君」などと気安く声をかけるのがためらわれるほどの、とてつもないゴルファーであることがわかった。

1球目、松山は素早くウェッジを振り抜くとボールを真上に放ち、ボールの勢いを殺してグリーン面に落とした。勇気がなくては打てない絶妙のロブショットだった。しかしボールは下り傾斜で加速してピンを2メートルオーバーしたのだ。「あれ?」というような表情でその様子を見ていた松山は、続く2球目、スピンがかかった低めの弾道で手前のカラーに落としたのだ。ボールは1バウンド目で急ブレーキがかかり、トロトロと転がってピンそばに止まった。イマジネーションの豊さと、それを実行できる確かな技術を見せつけた2球といっていいだろう。

満足そうに頷くと、練習ラウンドの前半を切り上げクラブハウスへ続く坂道を登っていく松山。その顔はいつものように飄々としていたけれども、明らかに勝ちに来ていたし、通り一遍に見えてしまう先輩プロたちの練習ラウンドとは明らかに質が異なるものだった。

一昨年の住友VISA太平洋マスターズでは、最終ホールを8番アイアンで2オンし、鮮やかなイーグルを奪って勝った松山だけに、その豪快なショットに注目が行きがちだが、実はショートゲームも抜群に上手く、隙のない選手と言えよう。その上ハートも強い。黄色のウエアを好んで着るが、心理学的に黄色は自己中心的、楽天的といった深層心理を示す色で、この目立つ色をトップスではなくボトムスにコーディネートするスポーツ選手はおしなべて我が強く、トップに立つ可能性が高いのだ。

とはいえ、そんな分析はすべて後付けに過ぎないともいえる。魅力というものに理由は必要ない。翌週の中日クラウンズから松山を一目見ようとギャラリーが大勢コースに駆け付けるようになり、彼も先輩ゴルファーとの圧倒的な実力差でそれに応えている。その様子は尾崎将司のデビューを彷彿させるという人がいるし、確かにそうなのだろうけれども、世界の舞台での活躍ということになれば、それ以上の可能性を秘めているといえよう。

ただ衰退しつつある日本の男子ツアーの救世主たりうるかというと、それは期間限定であると言わざるを得ない。海外ツアーでは石川遼が孤軍奮闘中だが、松山が国内ツアーをあっさり卒業して海を渡る日はそう遠くないと思うからだ。しかしそれはマイナス材料ばかりではない。ライバルを得た石川も発奮するだろうし、相乗効果で二人の青年が日本の男子ゴルファーのポテンシャルを世界に示してくれるのではないだろうか。メジャー大会で優勝争いをするようなことでもあれば、再び世間の目は男子ゴルフに戻って来るはずだし、早くその日が来ることを期待したいものだ。

話を戻そう。つるやオープンの最終日、デビッド・オーとデッドヒートを繰り広げた松山は17アンダーで並んだ最終ホール、火曜日の練習ラウンドとほぼ同じ場所に第2打を乗せライバルを振り切った。うまくフェースの上にボールを乗せたアイアンショットだったが、アドレスで多少硬くなっているようにも見えたし、インパクトも強く、クラブがうまく抜けなければグリーンオーバーもあったと思う。

しかし彼はそのときの準備もきっちりしていたのだ。強さとは、こうした見えない部分の積み重ねなのだと、スーパールーキーに改めて教えられたような気がした。

【NLオリジナル】