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星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(500) アシックスがデフ陸協とパートナー契約締結で、陸上3団体が同じユニフォームに。「日本陸上界がひとつに

東京2020大会を機に広まった「オリ・パラ一体」の取り組みがまた一歩、前進しました。

スポーツ用品メーカー、アシックスは5月26日、本社のある神戸市で記者会見を開き、聴覚障害のある選手の陸上競技を統括する日本デフ陸上競技協会(JDAA)とオフィシャルトップパートナー契約を結んだと発表しました。今後、7月に台湾で開催される第5回世界デフ陸上競技選手権大会と第1回世界デフU20陸上競技選手権大会を皮切りに、デフ陸協が指定する大会に出場する日本代表選手団やスタッフらにユニフォームやシューズ、アクセサリー類などを提供します。

同社はすでに、日本陸上競技連盟(JAAF)と日本パラ陸上競技連盟(JPA)とも同様の契約を結んでいます。今回の契約により、今夏パリで開催されるオリンピック・パラリンピックに加えて、来年東京で開催される世界陸上、そして、聴覚障害者の国際総合競技大会「デフリンピック」において、代表選手たちが同じユニフォームで日の丸を背負い、それぞれの目標に向かって戦っていくことになります。

5月26日の記者会見より。左から、JAAF・山本亜美選手、同・衛藤昂選手、JDAA・岡田美緒選手、JPA・増田明美会長、アシックス・廣田康人CEO、JDAA・佐藤將光会長、JAAF・尾縣貢会長、JDAA・佐々木琢磨選手、JPA・酒井園実選手、同・田巻佑真選手

アシックスの廣田康人代表取締役会長CEOは、「今後、国内外で行われるJDAAの活動を全力でサポートさせていただきます。アシックスは『誰もが一生涯、運動、スポーツを通じて心も体も満たされるライフスタイルを創造していきたい』というビジョンを持ってやってきており、この契約もその一環です。アシックスグループ一丸となって、3団体の活動をサポートし、共生社会の実現に尽くしていきたい。日本の陸上界、競技のレベルアップにさらに貢献していきたいと思います」と力強く宣言。

JDAAの佐藤將光会長は手話で、「私はオリンピック選手に憧れて小学校2年から陸上を始めましたが、デフリンピックは大学に入って初めて知りました。今回の契約をきっかけにデフリンピックについて知っていただき、障害に関係なく一丸となって陸上界を盛り上げていきたい」と語りました。

JAAFの尾縣貢会長は、「今日は私たちにとって記念すべき日です。3つの団体のアスリートが同じユニフォームをまとい、世界の舞台で躍動する。これは単なるユニフォームの統一ではなく、同じ気持ちで同じ夢を追い、日本陸上界が1つになることを意味しています」と強調。

JPAの増田明美会長は、「ユニフォームを通して私たちは『オール陸上に』なってきました。私たちもオリンピック選手とユニフォームが同じになって、モチベーションがぐんとアップしました。洋服の力って大きいですね。今度はデフの皆さんたちと仲間として一緒に頑張れるっていうことが嬉しいです。力を合わせて頑張っていきたい」と笑顔で話しました。

記者会見には3団体からそれぞれ男女1名ずつ計6人の選手も同席しました。デフアスリートにとってはまず、7月に台湾で開催されるデフ陸上の世界選手権が統一ユニフォームを着る最初の大会になります。JDAAの佐々木琢磨選手(男子短距離)は手話で、「アシックスのユニフォームは明るい色で素晴らしいです。例えば、試合を応援する時に明るい色なので日本選手のいる場所がすぐに分かります。目で見て分かることは、ろう者にとって重要なので、すごく嬉しく感じます」と笑顔で語りました。

同じく岡田美緒選手(女子中距離)も手話で、「小さい時から憧れていたジャパンのユニフォームを着ることができ、とても嬉しく思います。デフ陸上は周囲からの理解を得にくいところがあり、いろいろな壁や困難に立ち向かってきました。デフは見えない障害でもあり、認知度もとても低いです。そうした先輩たちの悔しかった思いも引き継いで、このユニフォームを着て世界で戦えるというのはとても気が引き締まる思いです」と話し、「来年11月に東京で開催されるデフリンピックを見て、デフスポーツや聞こえない人たちの文化にも触れる体験をしていただけると嬉しいです」と呼びかけました。

来年9月に東京で、世界陸上を控えるJAAFの衛藤昂選手(男子走り高跳び)は、「ユニフォームが統一されることは、1つのチームとなって1つの目標に向かって挑戦していくことです。より速く、より高く、より遠くへと、世界に挑戦していく姿をお見せできれば。JAAFのビジョン、『新たなステージへの挑戦』は、まさに今日のような日のことを指してるんじゃないかと思います。私自身もその一員となれるように頑張っていきたい」と力を込めました。

同じく山本亜美選手(女子100mハードル)は、「3団体が同じユニフォームを着て世界で戦うことで団体の垣根を越え、ユニフォームを通して陸上競技チームジャパンが1つになることができてとても嬉しい。この先もずっとこうして同じユニフォームを着て、世界で戦えることができたら素敵ですし、これからも皆で陸上競技を盛り上げられるように頑張ります」と意気込みました。

神戸市では5月17日から会見前日の25日まで、パラ陸上の世界選手権が開かれていました。アシックスの代表ユニフォームで出場していたJPAの酒井園実選手(女子走り幅跳びT20知的障害)は、「今回、オリンピックと同じユニフォームを神戸で着られて嬉しかったし、もっと頑張ろうと思いました。また、今回、初めてデフリンピックとも一緒になることもとても嬉しいです」と歓迎。

同じく、田巻佑真選手は、「世界選手権出場は初めてだったので、このユニフォームを着るのも初めてでした。ユニフォームを着ることで日本代表としての意識が高まり、皆さんの声援もいただき、より力が湧いてきて、競技への力に変えることができました。今後、デフの方々とも同じユニフォームを着られることになり、より団結してお互いの目標に向けて切磋琢磨していけたらと思いました」と力を込めました。

■デフスポーツ普及やデフリンピックの機運醸成も

廣田CEOは、用具の提供だけでなく、デフリンピックの大会機運の醸成などにも取り組みたいと話しました。同社は25日まで開催されていたパラ陸上の世界選手権では、全国各地の同社社員約3,000人が観戦やボランティアなど何らかの形で大会に関わる「全員参画プログラム」も実施。

「本社がある神戸での開催という機会をとらえて実施したが、社員が一堂に会し、パラアスリートの真剣さやレベルの高い競技、スポーツの持つ力を間近に見られたことは社として大きな経験だった」と手応えを語った廣田CEO。「今回の点も生かし、来年の世界陸上やデフリンピックも応援していきたい」と語りました。

また、JAAFの尾縣会長は近年、主催大会の日本選手権やグランプリ大会で、デフやパラの種目を導入している例を挙げ、「デフリンピックの盛り上げとしても、(他団体と)協力してイベントを積極的に実施していきたい」と話しました。

■パラアスリートの声に応え、片足販売開始へ

アシックスはまた、新たな試みとして「シューズの片足のみの販売」を7月1日から国内の直営29店舗で始めることも発表しました。廣田CEOによれば、「パラアスリートの声に応えた」試みと言い、脚に障害のある人の要望に応じ、一部を除き全スポーツシューズの片足を定価の半額で販売するそうです。「スポーツを愛するすべての皆さまに等しく寄り添いたい」という願いが原点という、この試み。実際、脚に障害のある人もシューズが購入しやすくなり、スポーツをする機会も増えていきそうな画期的な試みだと思います。

陸上界で進む、障害の有無という垣根を越えたさまざまな取り組み。今後の進展も含め、注目していきたいと思います。

(文・写真: 星野恭子)

★今号で、当コラムが連載500回の節目を迎えました。ご愛読いただいた皆さまのおかげです。ありがとうございます。これからもパラスポーツに関するさまざまなニュースをお届けしていきます。どうぞよろしくお願いいたします。星野恭子