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「2013マスターズ」もう一人の優勝者(小林 一人/写真:宮本卓)

今年77回目を迎えたマスターズトーナメントは、オーストラリア人の美男子アダム・スコットがプレーオフでアンヘル・カブレラを下し、世界中のゴルファーの憧れであるグリーン・ジャケットに袖を通した。同じオーストラリア人のジェイソン・デイを加えた3人によるサンデーバックナインの優勝争いは見ごたえがあり、2013年マスターズは記憶に残るヴィンテージとなりそうだ。

昨年の全英オープン最終日、信じられないような崩れ方をして、つかみかかっていた初のメジャータイトルを逃してしまったアダム・スコット。今年初の大舞台で見事雪辱を果たしたわけだが、おそらくこの勝利は帯同キャディであるスティーブ・ウィリアムスの力なくしては成し遂げられなかったはずだ。そういう意味では、今年の勝者は2人いたといっても過言ではない。

タイガーのキャディだったスティーブがアダムのバッグを担ぐようになったのは一昨年の6月。スティーブはそれまで13年間タイガーに忠誠を誓ってきたのだが、タイガーが故障で試合に出場できなかった同年の全米オープンでアダムのキャディをスポットで務めたのだ。それが気に入らなかったタイガーは7月の上旬、突然スティーブを解雇。それならば、とスティーブはアダムの専属キャディになった経緯がある。

タイガーと組む前にはレイモンド・フロイドやグレッグ・ノーマンのバッグを担ぎ、通算140勝以上を挙げているスティーブ。名キャディを得たアダムはいきなり、タイガーの復帰戦となった「WGCブリヂストンインビテーショナル」で優勝。よほど溜飲が下がったのか、スティーブは「これまでで最高の勝利だ」とタイガーにあてつけるようなコメントを出し波紋が起こったものだった。しかしとにかく、スティーブと共に戦うようになったアダムは水を得た魚のごとく、本来のポテンシャルを発揮し始めたのだ。

さて、今年のマスターズでスティーブの力が最大限に発揮されたのはプレーオフの2ホール目だ。難しい10番ホールでアダム、カブレラともバーディチャンスにつけたが、先に打ったカブレラのパットは惜しくも外れ、アダムが下りの約3メートルを決めれば優勝という大チャンスがやって来た。しかし日が暮れ始めていたこともあり、アダムにはラインが読み切れなかった。フックするのはわかっていたのだが、その曲がり幅を決めかねていたのだ。「カップ1つぐらいか…」と呟きながら何度もラインを確認するアダム。しかし自分の読みに自信はなく、ボールからカップまで途方もなく長い距離に感じられた。

その迷いに終止符を打ったのがスティーブだ。「いや、カップ2つは間違いなく曲がる!」タイガー・ウッズのメジャー13勝に立ち会い、オーガスタのグリーンを知り尽くす男はそう断言し、雇い主はその言葉に従うことに決めた。

カブレラはアダムの斜め後ろに仁王立ちして成り行きを見守っていた。もちろん敗北を認めたわけではない。むしろその逆で、「まだ勝負は終わったわけではないぜ、俺は必ず次のホールに行く」という強い気持ちを持ち、体全身から気迫を発散させて、アダムのパッティングに何らかの影響を与えようとしていた。なにしろ相手は全英オープンで残り4ホールで4打のリードを守れず自滅した選手なのだ。そう簡単にこのパットが決まるはずがない、百戦錬磨のアルゼンチン人はそう考えていたに違いない。

そのただならぬ雰囲気に気付いたスティーブは、カブレラの「気」を遮断するよう2人のプレーヤーの間に割って入り、同じく腕を組みながら仁王立ちしたのである。さらなる強い気持ちを持って。そしてその庇護のもと、アダムはロングパターをゆっくりストローク。送り出されたボールはスティーブの言った通りのラインを描き、カップの中に吸い込まれたのだった。あの場面、ラインの読みだけにととまらず、目の前の一打に集中できる環境作りさえも完璧にやってのけたスティーブ。彼のファインプレーによって、オーストラリアに初のグリーン・ジャケットがもたらされたのである。

いまさら言うまでもないことだが、ゴルフトーナメント、特にメジャー大会におけるキャディの役割は大きい。全盛期のジャック・ニクラウスの傍らにはいつも黒人キャディのアンジェロがいたし、ニック・ファルドにはマスターズで史上初の女性優勝キャディとなったファニー・サニソンという頼もしい相棒がいた。また1991年の全米プロでは、ウェイティングで出場したジョン・デーリーが見事優勝を飾ったが、この勝利の影にはニック・プライスのキャディだったジェフ・スクイーキーがいたのだ。妻の出産に立ち会うことになったプライスが急きょ欠場したために、ウエイティングリストの9番目だったデイリーは土壇場で出場権を得ることができたし、主を失ったプライスの相棒をその週だけ借りることができたのである。

ゴルフは心の格闘技という側面が大きいので、舞台が過酷になればなるほど、プレーヤーの唯一の味方で、アドバイスを送ることも許されるキャディの存在が大きくなってくるものだ。一人で戦うよりは、二人のほうが有利だし、それを知っている選手が勝ち星を重ね名選手への道を歩んでいくということなのだろう。

繰り返しになるが、アダム・スコットの2013マスターズの勝利は、スティーブ・ウィリアムスのサポートなしにはありえなかっただろうし、絶好調だったタイガー・ウッズの2打罰を含む失速の要因も、スティーブ・ウィリアムスを失ったことにあると言わざるを得ない。となると、マスターズ委員会はスティーブのためにグリーン・ジャケットをもう1着作るべきだと思うのだが、いかがなものだろう。

【NLオリジナル】