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「週刊Jリーグ通信」 第12節「驚異のピンポイントクロス」(大住良之 )

 首位浦和レッズが2位FC東京を迎えての1戦を4-1で快勝。観戦に訪れていた日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督が「これがサッカー。すばらしい試合だった」と手放しでほめた浦和のプレーは、今季最高の充実度だった。

 

 F東京は前節の鹿島アントラーズ戦(ホーム、0-1)に続く敗戦で、4位に後退した。「浦和は勝利に値するチームだった」とマッシモ・フィッカデンティ監督が認めるほど、力の差を感じさせる試合となってしまった。

 

 だがきょう取りあげるのはそのF東京の背番号6、左サイドバックの太田宏介である。

 

 1987年7月23日生まれ、27歳。東京都町田市出身。つくし野SSS(町田市)-FC町田-麻布大淵野辺高校(神奈川県相模原市)と、東京都と神奈川県をまたぎながらも「地元」で育ち、2006年に横浜FC(当時J2)に加入、元日本代表で「狂気の左サイドバック」と言われた都並敏史の指導を受けて左サイドバックとしてのスペシャリティーを磨いた。

 

 3年目に完全レギュラーとなり、2009年に清水エスパルスに移籍。ここでも3年間左サイドバックとして活躍し、欧州を含め多くのクラブからオファーを受けるなか、2012年にF東京に移籍した。

 

 2010年1月に若手で編成された日本代表(岡田武史監督)に選ばれてイエメン戦(アウェー)で代表デビュー。2014年にはハビエル・アギーレ監督指揮下の日本代表に招集され、2015年1月のアジアカップ代表にもなった。もちろん、ハリルホジッチ監督の日本代表にも呼ばれている。

 

 この太田の左足から繰り出されるクロスの精度が並大抵ではないのだ。

 

 1-4で負けた浦和戦、F東京が放ったシュートは前半に1本、後半に4本。90分間でわずか5本だった。だがそのすべてが、太田のクロスから生まれているのである。

 

 前半は25分に太田の右CKをファーポスト側でFW武藤嘉紀がヘディングシュート、わずかに右に外れる。後半4分、右サイドからの太田のFKを中央に走り込んだDF森重真人がボレーシュート(わずかに右へ)。後半16分、太田の左CKはファーポストに走った森重の頭にぴたりと合いったが、ヘディングシュートはわずかに上。

 

 そして後半29分、左タッチライン際でMF東慶悟から戻されたボールを受けた太田は一歩もってクロス。走り込んだFW前田遼一のヘディングシュートがゴールネットを揺らし、F東京のこの日の唯一の得点が生まれる。そして後半45分、太田の右CKに中央で森重が頭に合わせ、左に飛んだボールをDFカニーニが押し込もうとしたが、惜しくもオフサイド。

 

 おわかりだろうか、太田は、その左足キックだけで5回もの決定的なチャンスを演出したのだ。浦和は太田のFKやCKの精度をよく研究し、相手のマークについていたのだが、太田はそのたびごとにマークの薄くなりそうな地域と味方選手を見抜き、おそらくミリ単位の正確なクロス(ほとんどがライナー性だった)を送り込んだのだ。

 

 すなわち、この試合は、「GK西川周作を含め11人でパスをつないでプレーしようとした浦和」対「太田の左足でチャンスをつくるF東京」という試合だったのだ。

 

 こうした現象はこの1試合のことではない。この前節、鹿島に0-1で敗れた試合でも太田のクロスの精度は傑出していた。

 

 前半まったくサッカーができず、鹿島に1点のリードを許したF東京は、後半になってシステムを変えて猛攻に転じた。そのなかで9本のCKを得たのだが、太田がすべてけり、正面の前田へ、ニアポストのMF高橋秀人へ、ニアポストの前田へと、次々と頭に合わせていったのだ。CKのたびにボールがF東京の選手の頭に行くのを見て、鹿島のGK曽ヶ端準も生きた心地がしなかったのではないか。

 

 Jリーグには正式な「アシスト」の記録はない。日本のサッカーでの「アシスト」の導入は、1966年の日本サッカーリーグ(JSL)2年目。常任運営委員だった岡野俊一郎氏(後にIOC委員、日本サッカー協会会長)の発案だった。だがJリーグ時代にはいったとき、認定の基準が不明瞭なアシストは記録に残されないことになった。

 

 だがメディアなどでは独自にカウントして公表しているところもある。直接的な最後のパスだけを対象にしたTBSの「Super Soccer」のサイトによれば、第12節までのアシストランキングトップは6アシストを記録した3人で、もちろん太田もそのひとり。他の2人は、川崎のMF中村憲剛と鳥栖のMF藤田直之である。

 

 中村はスルーパスの芸術家で、6アシストのうちFKなどクロスのアシストが4、FWレナトとFW大久保嘉人へのスルーパスが2本。

 

 藤田はFW豊田陽平というヘディングの名手をチームメートにもち、6アシストのうち4本がFKからのクロス、1本がCKからのクロスで、豊田を囮にMF谷口博之にヘディングを決めさせたものも2点ある。興味深いのは藤田には「ロングスロー」という武器もあることで、このスローから1点豊田のヘディングゴールをアシストしている。

 

 そして太田は、もちろんすべてがFKかCK、あるいは流れのなかでのクロスからのアシストだ。DF森重が3ゴール、FW武藤が2ゴール、そしてFW前田が1ゴールをこの太田の左足から送られてきたボールで決めている。

 

 さらに、太田は今季2得点を自ら決めているが、いずれも直接FKを叩き込んだものだ。1本目は右サイドから中央の選手に合わせようとしたものがはいってしまったものだったが、第9節の川崎フロンターレ戦では0-1で迎えた後半26分にゴール正面のFKを低いシュートで叩き込み、チームを蘇らせた。そしてその16分後には左ゴールライン近くのFKを走り込んできた武藤の頭にぴたりと合わせ、決勝点を生んでいる。

 

 太田のキックの精度は、昨年Jリーグがつくって公式サイト上で話題になった「キャプテン翼・早田誠のカミソリシュート」の再現版を見れば明らか。これは現在も下記で見ることができる。

 https://www.youtube.com/watch?v=OSvqog6szb4

 

 このシュートはアウトサイドキックだが、太田のクロスの大半は縦に抜け、左足のインサイドを使って送るものだ。

 

 サッカーは当然チーム同士のゲームである。しかしなかには「見るべき個人の技術」もある。太田のクロスは、Jリーグのなかでもその三指にはいるものに違いない。

 

〈文:大住良之(サッカージャーナリスト)、写真:Jリーグ公式サイトより〉