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荒井太郎のどすこい土俵批評(17)【平成二十七年五月場所展望】照の富士に「穴」はある?

 師匠と同席で多少の緊張はあったにせよ、先場所の土俵を大いに盛り上げたモンゴル出身の23歳は番付発表会見では終始、リラックスした雰囲気だった。先の春場所は新三役で13勝の大快挙。最後の最後まで白鵬と賜盃を争った。この新鋭の活躍がなければ、優勝戦線はかなり味気ないものだったに違いない。

 

 意外にも幕内での2桁勝利は先場所が初めて。大ブレークの要因を報道陣から尋ねられると「稽古をちゃんとやっているからじゃないですか。前はあんなにやっても8番か9番。稽古の結果が出た」と胸を張った。

 

右足首に慢性的な痛みを抱え「歩くだけでも痛い」状態にもかかわらず、部屋でも巡業でも連日、精力的な稽古をこなす。“規格外”のパワーばかりが注目されがちだが技術面もなかなか目を見張るものがあり「言われたことがすぐにできるのがすごい」と今回の春巡業に同行した親方衆もその器用さと適応能力を絶賛する。

 

劣勢に立たされても慌てることなく驚異の粘りとスタミナで徐々に自分有利の体勢に持ち込み、勝ちにつなげていく相撲ぶりは圧巻だ。右四つでも左四つでも遜色なく相撲が取れ、相手に上手を許しても下手投げや掬い投げの連打で振り回しながら、上手を切って自分有利の形に持っていくことができる。もろ差しになられても両カイナを抱えて残すことに、絶対の自信があるようにすら感じられる。先場所の栃煌山戦や髙安戦、さらには先々場所の稀勢の里戦は相手が絶好の体勢を作りながら、攻め切ることができなかった。まったく末恐ろしい力士が現れたものだ。

 

 ただし、穴がまったくないわけでもない。師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は「やっぱり立ち合いでしょう。体が大きい分、どうしても中に入られやすく受け身になってしまう。自分から中に入る感じで押し込んでいかないといけない」と課題を挙げる。

 

先場所は抱え込みや四つに組み止めて密着した体勢を作り、相手の攻撃を封じ込めたことで白星を量産していったが、昨年11月場所で敗れた豊ノ島戦や豪栄道戦のように、足技で揺さぶられると出足が止まりがちだ。横綱鶴竜も外掛けと出し投げをうまく駆使して同胞の大器を仕留めるなど、牽制されると攻めが途端に消極的になるので、対戦相手はそこが突破口にもなるだろう。腰をグッと下ろした低い体勢で攻めれば、抱え込みやカイナの返しの威力も半減する。先場所敗れた稀勢の里戦はまさにその典型的な一番。相手より腰高の場面では苦戦を強いられることも比較的多い。

 

 そうは言っても大関昇進は時間の問題だろう。大きなケガさえなければ、このまま平幕にUターンすることなく今の流れに乗って“大魚”を手中に収めるに違いない。「平成生まれの大関はまだいないので、それを目指して頑張りたい」。本人にとって大関取りはもはや眼前の目標になっている。

 

1月場所後は審判部批判で物議を醸した白鵬だったが、土俵上では相も変わらぬ強さを発揮して2度目の6連覇を達成した。しかし、34度目の賜盃を抱いた先場所の相撲内容はこれまでとはやや趣を異にしたものであり、圧倒的な強さを誇るというよりは、相手の動きを瞬時に察知して、いち早くこれに対応して捌くといった相撲ぶりだった。

 

ただし、史上単独1位となるV33の大記録を成し遂げた直後の場所だからか「達成感があって盛り上がらないというか、(初日は)気持ちが入っていかなかった」と立ち上がりはややヒヤッとする場面も見受けられた。スイッチが入ったのは3日目。

 

「日馬富士関が敗れて、鶴竜関も休場しているし頑張らないといけない」と一気に“戦闘モード”に突入したのだった。

 

 優勝回数で新記録を達成した今年初場所以降は「伸び伸びとやりたい」とよく口にする。先場所も当初は優勝争いとは1人、別次元のところで本人が「後の先」と呼ぶ理想の相撲を追及する心づもりであったに違いない。しかし、他の上位陣が次々と自滅していく中で、悠長に構えてもいられなくなった。“押っ取り刀”で優勝戦線に駆けつけた者に易々と賜盃をさらわれる他の横綱、大関陣は猛省しなくてはならない。

 

 5月場所も理想の相撲を追い求める旅に出るつもりだろうが、日馬富士や鶴竜が前半で1つ、2つ取りこぼす事態ともなれば、または稀勢の里が全勝で突っ走るような展開になれば最強横綱の出番となる。日馬富士、休場明けの鶴竜の両横綱もそろそろ優勝戦線に絡む結果を残さないと、横綱審議委員会も黙ってないだろう。

 

 ここ最近は精彩を欠いている大関稀勢の里だが、巡業では照ノ富士に稽古をつけるなど元気な姿を見せていた。ひと頃に比べて稽古量は落ちているが、これはケガによるものではなく「徐々にペースを上げていくつもり」と調整法を変えたことによる。29日に行われた稽古総見でも番数は少なかったものの、日馬富士、琴奨菊らを相手に充実した内容であった。5月場所は過去3年連続して優勝争いに絡んでいるという縁起のよさにあやかって期待したい。

 

 右肩鎖関節のはく離骨折が判明した豪栄道は「場所には影響ない」と言い切るが大関昇進以降、“低空飛行”が続いているだけに、琴奨菊とともに懸念される。

 

 平幕上位には大砂嵐が久々に戻ってきた。先場所はもろ手突きで突き起こして左上手を探る取り口が功を奏して11勝。自分の上体も伸び上がってしまうカチ上げは、対戦相手からもかなり研究をされている感がある。持ち前のパワーを生かすためにも、今の立ち合いを磨いていったほうがこの先が楽しみだ。新三役も狙える今場所、逸ノ城、照ノ富士の陰に隠れていた男が存在感を示すことができるかも注目だ。

 

〈写真:相撲協会公式Twitterより〉