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佐野稔の4回転トーク vol.⑮日本女子の健闘とヴォーカル曲が印象に残った今シーズンのフィギュア界~世界国別対抗戦&今シーズンを振り返って<第3回> 

●層の厚みを感じた日本女子

今シーズンのフィギュア界全体を振り返ったとき、私が最大のトピックにあげたいのは、日本女子選手の大健闘です。このコーナーでも何度か話してきましたが、鈴木明子、安藤美姫が引退、そして浅田真央が休養、ここ数年の日本の女子フィギュアを牽引してきた選手たちが揃っていなくなったことで「日本の女子は世界のトップから取り残されてしまうのではないか」と、今シーズンの開幕前は不安でいっぱいでした。

 

ですが、宮原知子が世界選手権で銀メダルを獲得。シニアデビューのシーズンだった本郷理華は四大陸選手権で3位、世界選手権でも来シーズンの出場枠3枠確保に、大いに貢献してくれました。また、ジュニアの樋口新葉(わかば)が全日本選手権で3位に輝くなど、次世代の躍進もありました。

 

 こうした層の厚みは、歴史の積み重ねがないと成り立ちません。多くの諸先輩方、草の根で支えている指導者のみなさん、苦しい練習に毎日取り組んでいる選手たち…。みなさんの努力の結晶が、ロシア勢の独り勝ちに「待った」をかけたと言えるでしょう。

 

 

●ヴォーカル曲が新たに拓くフィギュアの可能性

 ルッツとフリップの踏み切りの判定が厳しくなったり、同じ種類のジャンプの回数が制限されたり。いくつかのルール改正が行われた今シーズンでしたが、やはり最大の注目はシングルとペアでヴォーカル(歌詞)入りの曲が解禁されたことでした。

 

 当初は違和感を覚えたこともあったのですが、中国の閻涵(エン・カン)がフリーで使用した「Fly Me to the Moon」のように、ひじょうに効果的な例もありました。フィギュア・スケートの新たな発展、特にエンタテインメントの部分での変化の可能性を感じさせてくれました。

 

この流れが加速していくと、今後はプロの音楽家、作曲家がどんどんフィギュア界に参入してくることが考えられます。ある選手の特定のプログラム専用の斬新な編曲がなされたり、オリジナル曲がつくられたりしていくかもしれません。クラシック曲や既存のスタンダード・ナンバーを選んだり、編集したりしていた従来の手法から、自分の演技に合わせたオリジナルの楽曲を「創っていく」方向への変化です。

 

 フィギュア・スケートは世界各国で放映されているワールド・ワイドなスポーツです。将来はもしかすると、フィギュア界から発信されたオリジナルの、世界的な大ヒット曲が誕生するかもしれません。そこから生まれる権利収入を見据えて、ISU(国際スケート連盟)がこのルール改正をしたのだとしたら、その商才はたいしたものだと、舌を巻くほかありませんが(笑)。

 

 

●ナム・グエンは注目の存在 驚かされたプルシェンコの復帰宣言

 今シーズン私が最も気になった選手は、カナダのナム・グエンです。去年3月の世界ジュニア選手権を15歳で優勝。パトリック・チャン不在のなかではありましたが、今年1月にはカナダ王者にもなりました。「天才」とか「早熟」とか形容されている選手ですけど、ただ才能だけで滑っているわけではありません。その演技からは「やるべきことを、しっかりとやっている」ことが伝わってきます。

 

 彼もまた「いまノリにノッている」ブライアン・オーサーの門下生です。つまりは、五輪金メダリストの羽生結弦と、世界選手権優勝のハビエル・フェルナンデス(スペイン)。現在フィギュア界の世界最高峰にいるふたりが身近なところに、常にお手本として存在しているわけです。これ以上のない刺激を受ける、抜群の環境にナム・グエンはいるのです。ふたりの牙城に迫る日も近いかもしれません。ブライアン・コーチのもとには、ほかにも将来性豊かな若手選手がいると聞きます。「チーム・ブライアンおそるべし」です。

 

 世界国別対抗戦が行われているなか、エフゲニー・プルシェンコ復帰のニュースも届いてきました。いま彼は32歳。平昌(ピョンチャン)五輪は、35歳で迎えることになるのです。正直「えっ、本当なのかよ」と驚きました。裏を返せば、それだけロシアの男子が低迷しているということなのでしょう。それでも、大ベテランの域に入った‘ロシアの皇帝’が何を見せてくれるのか。楽しみがひとつ増えました。休養中のパトリック・チャンの動向も気になるところです。来シーズンのフィギュア界も、熱い戦いが期待できそうです。