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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(476) 伝統の大分国際車いすマラソンで、重ねられた歴史と新たな歴史

世界初の車いす単独のマラソン大会として唯一の歴史を重ねつづけている「第42回大分国際車いすマラソン」が11月19日、大分市内の特設コースで開催され、16の国・地域から188選手が出走しました。障害の程度に応じた3クラスに分かれ、マラソンとハーフマラソンで競い、最速クラスのマラソン(T34/53/54)男子はスイスのマルセル・フグ選手が5大会連続11度目の優勝を、同女子は同じくスイスのカテリーヌ・デブルナー選手が大会初出場で初制覇を果たしました。

「第42回大分国際車いすマラソン」で5大会連続11度目の優勝に輝いたスイスのマルセル・フグ選手 (撮影:星野恭子)

今年は、例年フィニッシュ地点となっていたジェイリーススタジアム(市営陸上競技場)がトラック改修工事中だったことから、県庁前をスタートし市内を周回後、同スタジアム北側の県道上にフィニッシュする新たな国際公認コースで行われました。大分国際のコースはもともと平坦で高速コースでしたが、今年はフィニッシュがトラックでなく、ストレートに走る抜ける形となり、さらなる高速化が期待されていましたが、レースはそのアドバンテージを存分に生かした結果となりました。

■絶対王者、世界新まであと4秒

男子を制したフグ選手は序盤から独走し、自身がもつ世界記録まであと4秒に迫る1時間17分51秒の好タイムをたたき出しました。大会前日には「数日前に風邪を引き、不安がある」と話していましたが、結局、2位に入った鈴木朋樹選手(トヨタ自動車)に6分以上の差をつける圧巻の強さを見せつけました。

ほぼ一人旅で、自らの世界記録にあと4秒に迫る好記録でフィニッシュしたフグ選手(写真提供:大分国際車いすマラソン事務局)

レース後、「全力を尽くして、今はとても疲れている。優勝できて幸せだが、世界記録を逃して少し残念」と複雑な胸の内を明かしたフグ選手。今年は東京からニューヨークシティまで世界6大マラソンを全制覇する好調ぶりでした。

「オーイタはシーズン最後のレースとして重視しているし、毎年楽しみにしている大会。このあとは少し休暇を取ってから新シーズンに向けてスタート予定。来年は(パリ)パラリンピックがあるし、メジャーマラソンもあるので、また忙しい年になりそう」。まだまだ王座は渡さないといった意気込みを感じさせるフグ選手でした。

■三つ巴の戦いから大会新が生まれた女子

女子は世界トップクラスの3選手が終盤までハイペースでデッドヒートを繰り広げる展開となりました。デブルナー選手が大会新となる1時間35分11秒で先着しましたが、タイム差なしの2位にマニュエラ・シャー選手(スイス)が、2秒差の3位にスザンナ・スカロニ選手(アメリカ)が入る白熱のレースでした。

最後までもつれた女子は僅差でスイスのカテリーヌ・デブルナー選手(左)が優勝、同国の先輩、マニュエラ・シャー選手(右)が準優勝 (写真提供:大分国際車いすマラソン事務局)

大分国際デビュー戦で戴冠したデブルナー選手は、「高速コースと聞いていたので記録を狙ったが、風が強くて難しかった。最後まで誰が勝つか分からないタフなレースで、全力を尽くしたので疲れた。沿道の子どもたちの応援が嬉しく、力になった」と、笑顔を見せました。

デブルナー選手は先天性の障害がありますが、7歳で車いす陸上に出合うと、2016年、トラック種目でリオパラリンピックに初出場し、東京大会では金と銅メダルを獲得。その後、マラソンにも挑戦を始めると一気に頭角を現し、今年は世界6大マラソンで3連勝。9月のベルリンマラソンではシャー選手が持っていた世界記録(1時間35分42秒)を約1分半上回る1時間34分16秒で世界新記録を樹立するなど、今一番勢いのある女子ランナーです。

「来年はパラリンピックがあるので100m以外のトラック4種目に力を入れつつ、マラソンも大好きなのでどちらも頑張りたい」

「競技に集中したい」と昨年、小学校教師を退職してプロアスリートになったデブルナー選手 (撮影:星野恭子)

今後、男子のフグ選手のように、“デブルナー絶対王者時代”が到来するのか、はたまた他の選手が巻き返すのか、女子のレースも目が離せません。

■日本勢は苦戦。今後の巻き返しに期待

日本勢では男子2位に鈴木選手が、女子は喜納翼選手(琉球スポーツサポート)が1時間44分49秒で4位に入りましたが、二人とも前を行くライバルとはタイム差がありました。

鈴木選手は、「スタートからほぼ一人でレースをしたので、めちゃくちゃきつかった。今できる最大限の力は出し切ったが、マルセルとの力の差は突き放されているくらい大きいと感じた。もう少し一緒に走りたかった」と、“王者”の強さを痛感した様子。

持久力に主眼を置いたトレーニングからスピード強化も両立させるように練習内容を見直していると言い、この先は「とにかく、パリパラリンピックに出場すること。そして、個人種目でのメダル獲得を目標にしたい」と前を見据えました。

マラソン男子2位でフィニッシュした鈴木朋樹選手 (写真提供:大分国際車いすマラソン事務局)

喜納選手も、「スタートで、(前3人に)着いていけなかったのがすべて。総合力を上げないといけない。『追いかけよう』という気持ちが切れることがなかったのは良かったが、もう一度走り込みをして、しっかり記録を狙える体をつくりたい」と巻き返しを誓っていました。

クリスティー・アン・ドーズ選手(オーストラリア)をわずかに振り切り、マラソン女子4位でフィニッシュした喜納翼選手(右) (写真提供:大分国際車いすマラソン事務局)

■新たな試み導入で、大会自体も進化

なお、今年はコロナ禍の観戦規制も解かれ、好天のもと多くの観客が沿道から力走する選手を声援する「大分市の晩秋の風物詩」が戻りました。とはいえ、ただ伝統を引き継ぐだけでなく、新たな取り組みも加えられ、大会自体も進化しています。

例えば、毎回、企業や団体から2,000人近いボランティアが参加して支えるのも大分国際の特徴ですが、今年から個人が気軽にボランティア参加できるように「障がい者スポーツサポーター」が創設され、初年度の今年は15歳から80歳の38人が参加し、沿道整理や選手の荷物預かりなどで活躍したそうです。

また、昨年からアジア地域のパラスポーツ振興や選手の支援を目的にした「アジア・チャレンジ・アスリート枠」が導入され、今年はラオスから女子2選手がハーフマラソンに参加し、9、10位に入ったそうです。

さまざまなチャレンジがあふれた大分国際車いすマラソン。来年の熱戦もまた、今から楽しみです。

ハーフ(T34/53/54)男子で大会新記録(43分5秒)をマークし、3連覇を果たした生馬知季選手(ワールドAC)。後続に約4分差をつける好走に「大会新を目指して、力を出し切った」と笑顔 (撮影:星野恭子)

(文:星野恭子)