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佐野稔の4回転トーク vol.⑭良い形で締めくくった羽生結弦の今シーズン ~世界国別対抗戦&今シーズンを振り返って<第1回> 

 

●ひとり別格だった羽生の滑り

 SP(ショート・プログラム)、フリーのどちらでも1位となり、ひとりで「24ポイント」を獲得。羽生が日本チームの銅メダル獲得の原動力になってくれました。SPでは、今シーズンの鬼門になっていた「3回転ルッツ+3回転トゥ・ループ」で、またしても失敗。フリーでも、4回転トゥ・ループの予定が3回転になってしまいましたが、それくらいではビクともしない圧倒的な差を、2位以下の選手たちにつけてみせました。

 

 たしかにSPの冒頭で4回転トゥ・ループ、後半のトリプル・アクセルを決めた時点では、100点超えした「ソチ五輪の再現」を予感させるほどの滑りでしたし、フリーでもあれほど見事な4回転サルコゥを跳んで、後半の過酷な5つのジャンプも次々と成功させていました。SPの「3回転+3回転」の成否の違いはありましたが、3週間前の世界選手権のときよりも、演技の内容では上回っていたように思います。とはいえ、これほどの大差がつくとは…。世界選手権王者のハビエル・フェルナンデス(スペイン)も、四大陸選手権王者のデニス・テン(カザフスタン)も不在のなかでは、羽生ひとりが別格だったと言えるくらい。こちらの予想を超えた「ぶっちぎり」でした。

 

 

●総合力に優れた羽生のフィギュア

 最近の羽生を見ていると、この前20歳になったばかりの若者であることを、ついつい忘れてしまうような感覚に陥ります。本人がそれを意識しているのか、無意識のうちにそうなっているのかは分かりませんが、人を惹きつける「貫禄」「風格」のようなものが漂っているのです。

 

 たとえばスケーティングの基礎中の基礎の部分。氷上を滑る技術の、ある一部だけを切り取って比較したならば、パトリック・チャン(カナダ)や髙橋大輔のように、羽生より上手い選手はおそらく存在するでしょう。ですが、それを補って余りあるほど、羽生結弦はフィギュア・スケーターとしての総合的な能力に優れているのです。具体的にはジャンプのキレの良さだったり、表情や指先にいたるまでの表現力だったり…。4分30秒間のプログラムすべてを使って、観ている人を魅了することができる。そうした能力がズバ抜けているため、些細な瑕疵は覆い隠されてしまうのです。

 

 

●波乱万丈のシーズンを完走した凄さ

この大会の羽生のライバルは自分自身だった、と言えるかもしれません。羽生本人が「良かった」と思えるようなシーズンの終わり方ができるか。自分で納得のいく締めくくり方ができるかどうかが、最大のテーマだったように思います。そして、それは達成できたのではないでしょうか。

 

 腰痛に始まり、グランプリシリーズ第3戦中国杯での激突、尿膜管遺残症の手術、右足首の捻挫…。次から次へとアクシデントに襲われるシーズンになりました。もしかすると、それは五輪の頂点に立った者に課せられる宿命だったのかもしれません。それほどまでに金メダルを獲得するという作業には、途方もないエネルギーを注ぎ込む必要があって、しばらくは回復できないほど涸渇してしまっている。そのため、万全な状態で競技にのぞむのが難しくなる…。多くの金メダリストが五輪の翌シーズンを休養に充てているのは、そういう理由なのかもしれません。

 

 ですが、羽生は今シーズンも戦うことを選びました。満足なコンディションで氷上に立てたことは、一度もなかったように思います。SP、フリーを揃ってノーミスで終えた試合もなかったはずです。それでも、国別対抗戦まで完走してみせた。あれだけ困難な状況に置かれてもなお、シーズンの最後までやり切った。ほかの選手にはない、羽生の凄さがそこにあります。来シーズンはさらにひと回り大きくなった羽生が、私たちの前に現れるはずです。

 

 

●来シーズンは4回転×3度に再挑戦か。まったく違った戦略か

 ただ、今シーズン目指していたSP後半の4回転ジャンプ、フリーに2種類の4回転ジャンプを3本入れる構成は、結局実現することなく終わりました。普通に考えれば、そのプログラムへの再挑戦が、来シーズンに向けた羽生のテーマになるはずです。が、羽生を指導するブライアン・オーサーは、ひじょうに先進性に富んだ、かなりの戦略家です。

 

 たとえば、今年3月に行われた世界ジュニア選手権の女子シングルで優勝したエフゲニア・メドベデワ(ロシア)は、基礎点が1.1倍になる演技の後半に、すべてのジャンプを組み込むため、SPの前半はジャンプを跳ばないという戦略を採用してきました。このようなルールに合わせて高得点を稼ぐ戦い方が、今後のフィギュア界を席巻していく可能性があります。羽生陣営も、今シーズンとはガラッと違った、これまでになかった戦略を練ってくることが考えられます。

 

 平昌(ピョンチャン)五輪に向けて、羽生結弦とブライアン・オーサーのコンビが、来シーズンは何を見せてくれるのか。ひじょうに興味深いところです。

 

 (「佐野稔の4回転トーク~国別対抗戦&今シーズンを振り返って・第2回」は、あす以降に掲載の予定です)

 

PHOTO by deerstop (Own work) [Public domain], via Wikimedia Commons