ノーボーダー・スポーツ/記事サムネイル

「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(469) 東京パラ金のブラインドランナー道下選手、ハーフマラソンで世界新!

MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)が行われた10月15日、ほぼ同時開催で東京レガシーハーフマラソンが東京の国立競技場前(外苑西通り)をスタートし、競技場内にフィニッシュする21.0975㎞のコースで競われました。

同ハーフマラソンは東京2020大会のレガシーとして昨年創設された大会で、1万人を超える一般ランナーに混じり、パラアスリートたちにも記録挑戦の場を提供しようと車いすの部や視覚障害の部など多様な障害カテゴリーのレースが同時開催されるところも特徴としている大会です。

今年は強い雨が降り続く中での過酷なレースとなりましたが、選手たちはそれぞれの目標に向け、熱い走りを見せてくれました。

■1年越しで、世界新記録樹立!

エリートや一般ランナーらとともに9時50分にスタートしたパラアスリート視覚障害(T11/12)女子の部では東京パラリンピックマラソン金メダルの道下美里選手(T12/三井住友海上)が1時間24分48秒をマークし、T12女子の世界新記録で初優勝を飾りました。従来の世界記録は1時間25分59秒で、1分以上、更新しました。

実は道下選手、昨年も世界記録を越えるタイムでフィニッシュしたものの、フィニッシュライン付近が大勢のランナーでごった返していたこともあり、ガイドランナーの志田淳さんが選手より先にラインを越えてしまう違反で失格となっていました。今回、見事にリベンジを果たした形です。

レース後、道下選手は、「去年は(失格という)悔しい思いをしたので、今年は必ずゴールにたどり着くことを目標にスタートラインに立ちました。(ガイドの)志田さんが今年も一緒に走ってくれて、ちゃんとリベンジができ、次につながるレースとなりました」と笑顔で喜びを語りました。

見えにくい道下選手は音が頼りですが、この日は雨音に邪魔され周囲の音が聞こえにくく、また滑りやすい足元への不安もあり、「レース序盤は体が固く動きも悪かったのですが、志田さんが声でうまく導いてくれて徐々にペースを取り戻し、世界記録につながりました」と振り返りました。このレースはマラソンシーズンに向けての通過点と位置付けていたそうで、「うまく走り込みができている手応えも感じられました」と話しました。

志田ガイドは、「(失格で)やり場のない悔しさがあったので、ようやくゴールできたという思いです。道下選手がまた僕を(ガイドに)選んでくれて感謝の思いしかありませんし、選ばれたからには選手を確実にゴールに運ぶのがガイドの役割。本当にほっとしています」と安堵の表情で語りました。

アクシデントを経て、絆をさらに深めた様子の二人。連覇を目指す来年のパリパラリンピックにつながる貴重なレースになったのではないでしょうか。

■それぞれのチャレンジ

男子視覚障害(T11/12)の部は唐澤剣也選手(T11/SUBARU)が連覇を果たしました。前回、世界新記録をマークした1時間8分30秒には及ばなかったものの、雨中のレースを1時間9分20秒でまとめる安定した強さを見せました。

全盲の唐澤選手にはとくに雨で滑りやすくなっている路面には恐怖心が大きく、コーナーやカーブなどでスピードを落とすことが多く、タイムロスや疲労にもつながったようです。

小林光ニガイドも、「見えている僕でも怖いなと思う箇所もあり、スピードの上げ下げによって(疲労で)打ち上がるのがいつもより早かったようです。呼吸の乱れから感じました」とレース中の唐澤選手の様子を振り返りました。

それでも唐澤選手は、「連覇と世界記録更新が目標だったので、達成できなかったのは悔しい。来年出場できるなら、リベンジしたいと思います」と、まだまだ高みを見据えていました。

今年はさらに、パラアスリート上肢機能障がい(T46)の部も実施され、東京パラマラソン銅メダルの永田務選手(新潟市陸上競技協会)が招待され、初優勝。マークした1時間10分57秒は自身の持つアジア記録タイの好走でした。

レース前の招待選手会見での抱負として、「T46の選手は私一人だけですが、私と同じ上肢障がいのある人が何かに挑戦するきっかけになれるようなレースをしたい」と語っていましたが、有言実行の力走を見せました。

永田選手はまた、次回パリ大会でT46のマラソンが種目除外となったため、2028年ロス大会出場を目指し、今年からパラトライアスロンにも挑戦をはじめています。

さらに並行して、パラ陸上の国際クラス分け資格が切れる来年3月までに、オーストラリア選手のもつT46のマラソン世界記録(2時間18分53秒)の更新も目指しているそうです。

いわゆる「二刀流」で強化中の現在は、「水泳やバイクの練習に力を入れながら、マラソンでの世界記録更新も狙っています。今大会にはこれまでの練習の成果と現状を把握したいと思って参加しましたが、手応えと課題の見つかるレースとなりました」とレースを振り返り、「今後のマラソンでの結果に結び付けたいと思います」と意気込みも口にしました。メダリストの新たな挑戦に目が離せません。

■車いす選手も力走

車いすの部はMGCとの併催だったことから、他のレースに先駆けて7時45分にスタートしました。強い雨が断続的に降るなか、男子は東京パラマラソン入賞の鈴木朋樹選手(トヨタ自動車)が43分40秒で連覇を達成。女子は同じく東京パラ入賞の喜納翼選手(琉球スポーツサポート)と前回優勝の土田和歌子(ウィルレイズ)が52分45秒でフィニッシュしましたが、わずかに前に出ていた喜納選手が初優勝を果たしました。

今年はMGCの影響でコースも国立競技場をスタートし、神保町にフィニッシュする特設コースが使われましたが、このコースは基本的に下り基調の「高速コース」。好記録誕生も期待されましたが、あいにくの悪天候に阻まれました。レーサー(競技用車いす)を漕ぐ手やタイヤが滑りやすく、雨粒やタイヤが跳ね上げる水しぶきなどで視界がかすむなど思い切ってとばすのは難しい環境で、残念ながら新記録誕生とはなりませんでした。

鈴木選手は、「世界記録(38分32秒)を切ることを目標としていましたが、この雨でタイムが伸ばせませんでした。晴れていたら、世界記録越えも狙えていたようなコースだったと思うので、そこは悔しいところです」と胸の内を明かし、喜納選手も、「もう少しタイムを出したかったという思いはあります」と振り返り、二人とも悔しさをにじませました。次回以降にまた期待です。

このように、MGCの熱戦と並行して、他にも多くのブラインドランナーや知的障害、聴覚障害の選手たちがそれぞれのレースを戦った雨の日曜日でした。

(文: 星野恭子)