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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(465) さまざまなチャレンジを後押し! 憧れの聖地、国立競技場でインクルーシブな大会が開催

「障害の有無などに関係なく、誰もが参加できるインクルーシブな大会」として昨年、新設された「NAGASEカップ陸上競技大会」の第2回目が92日、3日に東京・国立競技場で開催されました。参加選手は2日間でのべ約1400人と、駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場で開かれた昨年大会の約300人から5倍近くに増える盛況となりました。観客も2日間で8000人を超え、選手たちのパフォーマンスを後押ししました。

 「インクルーシブな大会」というのは、NAGASEカップが、1)日本陸連登録者の部、2)日本陸連未登録者・立位、3)同・車いす(日本パラ陸連登録者)、4)小学生の部(全学年)の4部構成となっていて、参加標準記録の設定はなく、1)~3)は中学生以上なら参加でき、今年から追加された4)には1年生から6年生まで130人以上がエントリーしました。競技は1)~4)に分かれて行いますが、それぞれの部内では障害や年齢などでなく、各選手の持ちタイムや記録を基準に組み分けた記録会形式で競い合います。

 小学生以上なら、義足の選手も、視覚障害の選手も、車いすの選手、誰でも参加できる「NAGASEカップ陸上競技大会」

 健常者に比べて参加できる公認大会が少ないパラアスリートとってNAGASEカップはWPA世界パラ陸上公認大会であるとともに、競技レベルの近い選手たちと競い合える貴重な機会ともなっています。

 今年200m400mに出場し、前を走る健常者選手を目標に走ったというパラリンピアン辻沙絵選手(日本体育大)は、「国内のパラ大会では競る相手がいないので、いいレースができた」と振り返り、800m1500mに出場した全盲のランナー、和田伸也選手(長瀬産業)を伴走した長谷部匠ガイドは、「一般の方は1周目と2周目のラップが落ち着いている方が多いので、力を借りながら想定通りのレースになることが多い」と話すなど、インクルーシブな大会のメリットを語っていました。

 ■新記録ボーナスも!

 NAGASEカップはその名称からも分かる通り、長瀬産業株式会社(東京都千代田区)が特別協賛している冠大会で、パラアスリートを対象にした新記録ボーナス、「NAGASEプライズ」が贈られることも大きな特徴です。世界新記録樹立なら20万円が、アジア新記録なら10万円が樹立した選手に贈られ、もし伴走者がいる場合はそれぞれ半額が伴走者にも贈られます(伴走者2名の場合でも1人分のみ)。

 今大会ではT61(両大腿義足)の湯口英理菜選手(アシックス)が女子200mで3610をマークし、自身の持つ世界記録を更新し、「NAGASEプライズ」を獲得しました。湯口選手は「記録を更新したかったので、大幅に更新できて嬉しい。国立競技場のトラックで走るのは初めてですごくワクワクして新鮮な気持ちで走り切れた」と充実感をにじませました。

 女子200mT61の世界新記録3610を樹立し、新記録ボーナスを手にした湯口英理菜選手。前を走る健常の選手を、「とにかく追いかけようと、引っ張ってもらいました」

 湯口選手に加えて、アジア新記録もさらに4つ誕生。男子1500mではT11(視覚障害・全盲)の和田選手が2479で、T37(脳性まひなど)の井草貴文選手(ACKITA)が41992で、男子400mではT36(脳性まひなど)の松本武尊選手(ACKITA)が5521で、男子走り幅跳びではT64(片下腿義足)の又吉康十選手(ゼンリンDC)が6m60で、それぞれの持つアジア記録を塗り替え、賞金10万円を手にしました。

 松本選手は7月のパリ世界パラ選手権では最後の直線で抜かれて4位に終わった悔しさから、「今回はそうならないよう、最終コーナーから頑張って走った。タイムよりも、うまく走れたことに満足した」と達成感を口にしました。

 男子400mT36でアジア新記録を樹立した松本武尊選手(右)はプレゼンターの世界陸上代表、寺田明日香選手から10万円の目録を手にして笑顔。「貯金します」

 又吉選手は、「賞金を狙って合わせてきた」と手応えを語った一方で、約30選手が同組で競技することとなったため、試技間の待ち時間は約30分。「パラの世界ではこんなに選手が出ることがなく、待ち時間の過ごし方が難しかった」と振り返りました。走り幅跳びはとくに男女ともエントリー数が多かった種目で、どちらも試合時間が2時間以上もかかるなど運営上の課題も見られました。

 男子T20(知的障害)4x100mリレーではJPA(日本パラ陸連)選抜チームが4308で日本新記録を樹立しました。この記録はVirtus(国際知的障害者スポーツ連盟)の世界記録を上回っていましたが、メンバー4人中2人がまだパラ陸上の国際クラス分け未認定の新人選手だったため、世界記録としては「幻」となってしまいましたが、大記録だったことは間違いありません。

 バトン練習もこの日の練習で初めて合わせたと言い、チームのリーダーで2走を務めた臼木大悟選手(KAC)は、「心配だったが、バトンがつながってよかった。世界記録は残念だが、日本新記録で第一歩が踏めてよかった」と話していました。さらなる活躍に期待です。

 チームで心一つに、初めてのバトンをつなぎ切って会心のリレーを披露したJPA T20選抜チーム。左から、西山蓮選手、臼木大悟選手、飯田珀翔選手、佐藤鮎世選手

 ■チャレンジできる大会

 「誰でも参加できる大会」は、さまざまなチャレンジを受け入れる大会でもあります。T63(片大腿義足など)女子走り幅跳びのパラリンピアン、前川楓選手(新日本住設)は今大会でやり投げに初挑戦。世界記録(13m74)には届かなかったものの、12m98と記録を残しました。

 「(専門の)100mや走り幅跳びは毎日、必死にやっても伸びるのが難しくなっている。(シーズンオフに入った)ここで、目標はあるけどプレッシャーはない状態で、何か新しいことにチャレンジしたかった。賞金もモチベーションになった」と挑戦の意図を話しました。「練習は5回。ゼロから始めたので、やればやるほど上手になっていく楽しさが味わえた。100mも幅も来年に向けてまた頑張ろうと思えた」。新たなチャレンジが競技生活の刺激になったようです。

 中学1年生で、T35(脳性まひなど)の渡邊栄太朗選手(スタートライン)は男子1500mに挑戦しました。トラックを3周と4分の3走るなか、前の選手からは4分以上も遅れ、11人中11位でしたが、11212で完走。なんとT35男子の日本新記録をマークしました。大幅な周回遅れでしたが、必死にフィニッシュを目指す渡邊選手の挑戦を観客席から響く温かな拍手が後押ししていました。

 観客の温かな拍手を受けながら、渡邊栄太朗選手は憧れの国立競技場のトラックを、装具を着けた脚で一歩一歩踏みしめ、笑顔でフィニッシュ

 特別協賛社の長瀬産業、朝倉研二社長は、「1回目を開催することは大変だが、おかげさまでいい反響をいただいた。2回目はたまたま国立競技場が空いているということで、聖地での開催を決めた。(エントリーも多く)国立で競技することは選手にとって重いことなのだと感じた」と大会の意義と手応えを話し、来年以降については、「継続開催は決めている。開催時期は選手の意見も聞いて、フレキシブルに考えたい」と前向きに語りました。

 時期も会場も未定とのことですが、来年はまた、どんなチャレンジや好記録が見られるでしょうか。今から楽しみです。

 (文・写真: 星野恭子)