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勝利に飢える侍たち/仁義なき電動車椅子サッカーの戦い

どんなに勝利を欲しても、どんなに強い気持ちで戦っても、掴みとれない1勝がある。

その壁を乗り越えない限り道は開かれないのだ。そこで必要なのは覚悟を持って、最後の1秒まで必死に挑戦し続ける貪欲な姿勢だ。それは電動車椅子サッカーの舞台においても全く同じである。

 

言葉にするのは簡単だが、それを完璧に遂行することは容易なことではないのだ。しかしながら、それを実行できた者のみに、頂きに立つ資格が与えられるのである。

 

私は幸運にもその瞬間の一部始終を見届けることができたのだ。それは3月21日(土)にトッケイセキュリティ平塚総合体育館にて開催された「第18回ドリーム•カップ」の決勝の舞台である。

 

この大会には私が監督を務めるYokohama Crackers(以下クラッカーズと表記)の他、全国の強豪5チームが出場した。昨年の日本選手権大会において、優秀な成績及び強いインパクトを残したチームのみに出場権が与えられる。それ以外にも昨年のドリーム•カップにおいて3位以上の成績を収めたチームは、自動的に出場する権利を得ることができる。

 

競技方法は6チームを二つに分けて、各3チームによるリーグ戦を行いグループ内で順位を決定し、各ブロックの順位同士で、決勝戦を含めた順位決定戦を行うという方式である。

 

そしてこの大会の一番大きな特徴は、日本国内ルールの6キロではなく、国際競技規則に準じた10キロの速度で行われる、クラブ間同士の大会としては、日本で唯一の大会であること。それだけ格式の高い名誉ある大会という位置付けであるのだ。

 

昨年と一昨年は、2014年の日本選手権を制したレインボー•ソルジャー(東京都)が連覇を達成していた。

 

そのレインボー•ソルジャー(以下レインボーと表記)を予選リーグで撃破したチームがある。それは鹿児島のナンチェスターユナイテッド(以下ナンチェと表記)である。ナンチェにとってレインボーは宿命の相手で、昨年のドリームカップと日本選手権大会の決勝では2試合共ともにナンチェはレインボーの壁を超えられずにいたのだ。そういう因縁めいた宿敵だけに、この試合に懸けるナンチェの意気込みは計り知れないものがあったはずである。

 

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 ボールを保持するナンチェ東選手

 

電動車椅子サッカーは4人対4人で行うスポーツである。そしてナンチェには4名しか選手が在籍していないので、常にギリギリのメンバー構成で試合に出場しているのだ。しかしその反面チームの一体感は群を抜いていて、お互い言葉は交わさなくても全てを悟っているかの様な阿吽の呼吸で、抜群の連携プレーを発揮しているのである。何よりも彼らの試合にかけるハングリーな姿勢は、とても他のチームには太刀打ち出来ない程の迫力がある。

 

今大会では地元神奈川のクラッカーズが予選リーグで他の強豪チームに連勝し、ナンチェとの決勝の舞台に勝ち残ったのだ。この2チームにも因縁めいた過去の激戦が存在するのである。2010年の日本選手権大会にて初戦で激突した両チーム。1対0でクラッカーズがリードの展開で終盤を迎える。残り5分からナンチェの反撃が始まり、気がつけば2対1でナンチェが逆転していたのである。

 

その時のことを私は鮮明に記憶している。なぜなら、自分自身がその当時、現役選手としてゴールキーパーで出場していたからである。後半の途中からこう着状態を打破するためゴールキーパーとして途中出場を果たし、その後先制点をチームが奪い完全にクラッカーズに流れが来ていたのだが、そこで油断が生まれたのだ。得点を奪った時点でベンチに退くつもりだったのだが、交代のタイミングを見誤ってしまったのだ。先制点の直後、ナンチェのエースの東選手の矢のようなロングシュートが私の目の前を通り抜け、ゴールに突き刺さった。同点に追いつかれてしまったのだ。その後、ベンチに退いたのだが完全に流れはナンチェに傾き、ロスタイムに逆転され試合終了。東選手の同点弾は私の反応があと一瞬速ければ防げたシュートであった。この試合がきっかけとなり私は現役を退き、監督に専念する決意を固めたのである。

 

この試合からも分かるようにナンチェの選手は、決して最後まで諦めないメンタリティーを持ち合わせているタフな集団だ。敵チームながら彼らから学ぶことは多いのである。

 

そのナンチェと決勝戦で戦えることに、監督としてワクワクする熱い気持ちを抑えられずにいた。とくにナンチェの東選手の私の心を激しく揺さぶるプレーを幾度となく目の当たりにしてきたので、その選手に対して自チームのクラッカーズの選手がどう立ち向かっていくのかを監督としてだけでなく、一ジャーナリストとして注目して試合に臨んだ。

 

近年、電動車椅子サッカー界では、障害の状態により人工呼吸器を装着してプレーする選手が増えているのだが、東選手もその一人である。かつて私自身も現役時代の晩年は、人工呼吸器を搭載してサッカーを続けていたのだ。東選手は最近は障害の症状が進んだことや、体重が減ったことにより体力が低下して、本人が納得のいくプレーが出来ていないように感じられた。

 

そんな状況を打開するために、今現在、世界的に電動車椅子サッカー界で急速に普及している最先端の電動車椅子サッカー専用の車椅子「ストライクフォース」を東選手は手にしたのだ。クラッカーズも5名の選手がこのストライクフォースを使用しているのだ。その効果は絶大で全盛期の彼を彷彿とさせるプレーが蘇っていたのである。

 

東選手の他にも日本代表として、ワールドカップにも出場している塩入選手が在籍するナンチェは、対戦するチームにとって脅威的な存在である。この2人の想像性あふれるスペクタクルな連動したプレーを軸に、ナンチェは絶妙なコンビネーションで相手に襲いかかるのだ。そんな彼らを擁するナンチェとの決勝では苦戦することを前提で、覚悟を持って選手を試合に送り込んだ。

 

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ナンチェ塩入選手(左)クラッカーズ竹田選手(右)

 

戦前の予想が的中して、悲願の初タイトルを目論むナンチェの猛攻を前半の頭から受け続け、クラッカーズは防戦一方で守るので精一杯の状況であった。ナンチェが強い理由はただ技術が優れているだけでなく、アスリートに最も必要とされる強いメンタルを兼ね備えているチームであるからだ。その中でも東選手の精神力は突出しているのだ。

 

その彼の底力は何処から生まれてくるのか。それはおそらく反骨心である。2011年、ワールドカップの日本代表選手から落選したことや、日々衰えていく自身の肉体。そのような過酷な状況に屈することなく必死で立ち上がり続けることで、彼の勝負にかける想いはより一層強くなり、強靭な負けない心を内面に宿したのだ。だからこそ彼のプレーは人を惹きつけるのである。

 

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ナンチェ東選手(左)クラッカーズ永岡選手(右)

 

前半は終始ナンチェペースで進み、クラッカーズが耐える時間が多いゲーム展開となり、なんとか持ちこたえて0-0でハーフタイムに突入。

 

後半に入ってもナンチェが攻勢に試合を進め、ついに後半の序盤に均衡が破れた。その得点はやはり東選手から生まれたのだ。一対一で対峙したクラッカーズのキャプテンの三上選手を強引でキレのあるドリブルで吹き飛ばし、エリア内のキーパーが反応する間を与えず、ボールをゴールに押し込んだ。ファールと紙一重の豪快なプレー内容だったが、見るものを黙らせる圧巻の光景がそこにあった。まさに心技体がこれ以上ないぐらいに充実した瞬間に生まれた彼のベストプレーを見せつけられたのである。

 

それに触発されたのか、クラッカーズが徐々に反撃に転じ始めた。じわりじわりと少しずつ試合の流れを手繰り寄せ、後半の終盤にチャンスが訪れたのだ。ゴール前でクラッカーズの三上選手が相手を引きつけて、逆サイドでフリーの竹田選手にパスを送り、竹田選手が豪快な同点弾を相手ゴールにねじ込んだ。

 

ドリーム・カップでは大会規定で同点で試合終了した場合、延長戦なしで即PK戦に突入する。PK戦は運に左右される不確実な要素を含む為、両チームともその前に勝負を決めたいのが本音である。特に初優勝を目指すナンチェは尚更その気持ちが強かったはずだ。ナンチェが最後の力を振り絞り、怒涛の攻撃を試合終了間際に仕掛けてきた。監督の私は当初PK戦になった場合は、PKを得意とする選手を投入する構想でいたが、ナンチェの猛攻に圧倒され選手交代をする余裕すら与えてもらえなかったのである。何とかクラッカーズがゴールを死守して、試合はそのままPK戦までもつれたのだ。

 

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ボールの行方を追う選手たち

 

ナンチェは試合が終了する直前に、ゴールキーパーがつけるビブスを東選手に託していたのだ。これが試合の勝敗を左右する大きな要因の一つとなったのである。

 

クラッカーズ先攻でPK戦が幕を開け、お互い一歩も譲らず3対3のスコアーで、勝敗の行方は両チーム最後の四人目のキッカーに委ねられたのだ。PK戦ではゴールキーパーはキッカーがボールを蹴るまでは先に動いてはいけなのだが、ナンチェのゴールキーパーの東選手は最初の1本目から明らかにキッカーが蹴る直前に動いて、無言のプレッシャーをかけ続けてきていたのだ。その事が重圧となりクラッカーズ期待の若手、紺野選手の肩に重くのしかかったのである。紺野選手の放ったボールは威力は十分だったがコースが甘かった為、東選手に止められてしまったのだ。

 

この局面でもゴールキーパーの東選手は蹴る前に動き出していたように見えたが、主審はゴールの判定。ナンチェの四人目のキッカーの川崎選手が決めればナンチェの勝利が決定する。川崎選手の蹴ったボールがゴールに吸い込まれ、その瞬間ナンチェに悲願の初タイトルがもたらされたのだ。

 

 

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優勝の記念品を受け取るナンチェ東選手

 

勝利に執着して絶対に勝つという強い信念を持って、闘う姿勢を貫いたナンチェの選手。特にエースの東選手の勝つ為には手段を厭わない、勝負師の鬼気迫る戦いぶりにはただただ感服するしかなかったのだ。スポーツの世界では審判のジャッジは絶対であり、審判の特性を見抜き反則一歩手前のギリギリのプレーをすることは、勝利を目指す選手に求められる能力であり、それを完璧に遂行した東選手の決勝で戦う姿はまさにその象徴であったのだ。

 

最後に勝敗を決定づけた最大のポイントは、より勝ちに飢えていたナンチェの選手の気持ちの強さに尽きるのである。そのことをどのように捉えてクラッカーズの選手達がこれからサッカーと向き合っていくのか、注視していきたい。そして、近い将来に大舞台でクラッカーズがナンチェと再び激突する機会が訪れることを一サッカーファンとして、待ち望んでいるのである。

 

【出場チーム】

 

レインボー•ソルジャー(東京都)

Yokohama Crackers(神奈川県)

ナンチェスターユナイテッド鹿児島(鹿児島県)

金沢ベストブラザーズ(石川県)

FCクラッシャーズ(長野県)

廣島マインツ(広島県)

 

【最終順位】

 

1位 ナンチェスターユナイテッド鹿児島

2位 Yokohama Crackers

3位 レインボー•ソルジャー

4位 金沢ベストブラザーズFC クラッシャーズ

5位 FC クラッシャーズ

6位 廣島マインツ