『前へ』のメッセージをプレーで示した本田と香川
まったく新しい攻撃ラインに60分間という長い時間を与えながら、バヒド・ハリルホジッチ新監督の日本代表は主力を送り出しての終盤30分間で勝負をつけ、FIFAランキング25位のチュニジアに対する2-0の勝利で初戦を飾った(3月27日、大分)。
「スタートから勇気とやる気を示してくれて、とても満足している」と、試合後、ハリルホジッチ監督は笑顔で語った。
先発の攻撃陣は、右に永井謙佑(名古屋)、左に武藤嘉紀(F東京)、中央に川又堅碁(名古屋)という「スピードトリオ」と、トップ下に清武弘嗣(ハノーファー)を配した4人。サイドバックも、右に酒井宏樹(ハノーファー)、左に藤春廣輝(G大阪)と、攻撃的な選手を置いた。
永井と川又は名古屋のチームメートであり、現在の名古屋がこのふたりのスピードを生かすための攻撃を主体としているため意思疎通はよかった。しかし全般的に見れば「スピードトリオ」の特性を生かせたわけではなく、後半15分に永井と清武に代わって本田圭佑(インテル・ミラノ)と香川真司(ドルトムント)がピッチに立つまでは決定的な形もほとんどつくることができなった。
ただ、その原因が前線の4人だけにあったわけではない。後半15分までの日本代表は、新しいメンバーが多かったこともあり、ボールを奪ってから攻撃にかかるときにスピード感がなく、ボランチとDFラインばかりでゆっくりとパスを回すプレーが多くなった。
前線の動きが悪く、パスコースがなかったのか、それとも早めに前線につけようという意識が低かったのか、あるいはリスクにチャレンジしなったのか…。そのすべての要素があったように思えた。
奪ったボールをすばやく前線に送って攻撃のスピードを上げていくサッカーをするには、ボールを奪った瞬間にチーム全体が前に出る「方向性」がなければならない。ところが後半15分までの日本は、ほとんどの場合、大半の選手が止まっているか横に開くだけで、前に出る「方向性」が感じられなかった。これではパスも出せないし、前線の選手もスピードを生かすことはできない。
それが劇的に変わったのは、後半15分の本田と香川の投入だった。とくにこの試合では、香川の「相手ゴールに向かってスピードを上げる」姿勢、そのためのプレーが光った。
はいった直後には、ペナルティーエリアの左手前で鋭く川又にスルーパスを通した。シュートには至らなかったが、この1本のパスで試合の雰囲気は大きく変わった。
そして後半27分に川又に代わって岡崎慎司(マインツ)がはいると、攻撃のスピードがさらに増す。
後半33分、右サイドでDF酒井宏がボールをキープし内側に入れると、MF長谷部誠(フランクフルト)が岡崎の足元に鋭い縦パス。岡崎のパスを受けた香川は躊躇することなくスペースにボールを運ぶ。岡崎は鋭くターンして前進。ドリブルする香川の前をFW宇佐美貴史(後半27分に武藤に代わって出場)が横切るようにペナルティーエリアにはいっていく。そして左からは本田が走る。
この試合で初めて攻撃陣の前に出ようという「方向性」がそろい、チュニジアの守備陣はずるずると下がる。そして香川はグループとしてつくった「スピード感」を落とさず、宇佐美のランニングで空いた左のスペースにボールを送る。
このパスは本田のスピードにぴたりと合ったわけではなかった。しかし本田はやや外めに走りながらよく追いつき、中央を見てワンタッチできれいなクロスを送った。ファーポスト側では、岡崎が完全にフリー。チュニジアのDFアブデヌルが必死に競りかけようとするのが目にはいったはずだが、ジャンプした岡崎は勇敢に頭を振り、ヘディングシュートをゴールに突き刺した。
さらに38分には、宇佐美のヒールパスを受けた岡崎からペナルティーエリアに走り込んだ香川にスルーパス。当たりにくることができない相手DFを前にしたまま香川がコースを狙ったシュートを放つと、GKはかろうじて防いだが、こぼれたところを本田が反応よく押し込んだ。
後半44分には香川がペナルティーエリアの左外でボールをもち、宇佐美がその外側から相手DFの裏に走り込むのに合わせて絶妙のスルーパス。宇佐美のシュートが右ポストを叩いた。
本田、香川、岡崎という「エース」クラスが登場した時間には、アウェーのチュニジアの選手たちの動きが落ち、いわば「やりたい放題」だったことを差し引いても、彼らが「スピードを上げるとはどういうことか」を示し、決定的なチャンスを次々とつくって2得点を挙げ、勝負をつけたという事実は大きい。
「本田と香川は、テクニックがあるだけではなく、ディシプリンがあり、勇気もあることを見せつけた。このような態度を、チーム全員が見せるべきだ」と、ハリルホジッチ監督も試合を変えた2人を手放しでほめた。
「前へ行く」というハリルホジッチ監督のメッセージを受けてまず変わったのは、本田と香川という日本代表の「二枚看板」だった。4日後のウズベキスタン戦、「メンバーは大きく変わる」と監督は宣言したが、本田と香川が示した手本を、出場する選手たちはどう理解し、試合のなかで生かしていくだろうか。
(大住良之)
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著者注)前回の記事までは、ハリルホジッチ監督のファーストネームを日本サッカー協会にならって「ヴァイッド」としていましたが、共同通信をはじめ新聞各社では「バヒド」と統一することになりましたので、この記事でも今回から「バヒド」としました。