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日本柔道の醜聞・醜態はどこまで広がるのか?(玉木 正之)

日本の柔道界のテイタラクには、正直言って呆れるほかない。

東京で世界柔道選手権が開かれたときに(2010年9月)、明治時代の嘉納治五郎以来の柔道の歴史を調べ直し、NHK教育テレビの『歴史は眠らない』という番組で、『柔(やわら)の道』と題して4回シリーズのドキュメンタリー番組の製作に関わり、テキストも執筆した人間としては、呆れる以上に、これほどヒドイ集団だったのかと、怒りすら覚えるほどだ。

そういえば、そのテキスト執筆のときも、講道館の幹部が「事前にゲラを見せろ」とNHKのディレクターに「命令」し、若いディレクターは、「見せないと番組が作れないかもしれない」と困惑したものだった。

もちろん、講道館は「検閲」をする権利などあるはずもなく、私は、「絶対に見せる必要はない。それでもゲラを見せろと言うなら、著者に直接言ってくれ、と著者自身が言っている、と伝えてほしい」とディレクター氏に返事した。

その後、どういうやりとりがあったか、詳しい事情は忘れたが、講道館に対する取材も問題なく進み、番組は作られた。

が、小生の書いたテキストには、柔道の始祖である嘉納治五郎だけでなく、講道館から「破門」されるような形で、フランス、オランダ、ブラジルなどの柔道の発展に尽くした人物や、講道館と対立した戦前の大日本武徳会や武道専門学校、さらに高専柔道(旧制高等学校・大学予科・旧制専門学校で行われた寝技中心の柔道)などに多くのページが割かれていたのを「快く思わなかった講道館(全柔連)幹部もいた」らしい(ということを教えてくれた人もいた)。

ちなみに、フランス柔道の創立者として、フランスでは嘉納治五郎と並ぶか、それ以上に敬愛されているのは川石御酒之助(1899〜1969)で、彼の指導のもとでフランス柔道の発展とオランダ柔道の創立に尽くし、1964年の東京オリンピック柔道無差別級で優勝したヘーシンクを育てたのが道上伯(1912〜2002)。

そしてアメリカ大統領のセオドア・ルーズベルトに柔道を教え、ブラジルに渡ってグレイシー兄弟に柔道を教え、グレイシー柔術の始祖と言われたのが前田光世(1878〜1941・ブラジル帰化後の名前はコンデ・コマ)である。

が、彼らは講道館から「破門」されたような人物(道上伯の東京での葬式には、シラク元大統領からの弔電と献花も届いたのに、講道館からは誰も葬儀に出席しなかったという)。

そういう構造(外国語に堪能で、優秀な人材は、日本国内の「派閥争い」や「出世レース」などバカバカしくて、外国に出る?)が、現在の全柔連のテイタラクの最も主たる原因と言えなくもない。

3月26日の理事会のあと、全柔連の幹部が記者会見でズラリと並んだが、このなかに国際柔道連盟(IJF)の幹部の一員として活躍できる人物……すなわち英語かフランス語に堪能で、柔道ビジネスに関われる「国際感覚の持ち主」は、一人もいないのだ。それでいて、「柔道の本家」意識ばかりが強いだけで、IJF会長から「日本は嘉納治五郎の精神を忘れた」と言われるのだから、どうしようもない。

いま、IJFは、「フランス国際柔道大会」「ブラジル国際柔道大会」「ロシア国際柔道大会」「嘉納治五郎杯東京国際柔道大会」を「グランドスラム」と称し、オリンピックや世界選手権出場のためのランキング認定制を行うなど、「ビジネス化」と取り組んでいる。が、日本の柔道界(講道館と全柔連)は、そもそもこの「改革」を「ビジネス化」と認識していないのだ。

「スポーツ・ビジネス」とは何なのか?……ということについては、広瀬一郎+山本真司『ビジネスで大事なことはマンチェスター・ユナイテッドが教えてくれる』(近代セールス社)で、見事に述べられている。

《日本のスポーツ界には、ビジネスというと「金を儲けること」錯覚している人が、いまだに多く、嫌悪感が根強いのですが、ビジネスの目的は「カネを設けること」ではありません。サッカー・ビジネスとは、「サッカーを健全に発展させること」であり、そのために必要なコストは稼がなければならないということです》

《(日本のスポーツ界は)ガッカリすることが多いんです。ビジネス戦略がどういうものかというイメージを持っていない(略)。それでお金集めの議論ばかりする。そして結局はスポンサー探し。つまりタニマチ探しに議論は落ち着く》

まったく情けない話だが、全柔連も、「国」からのカネをもらうため「懸命になって」書類をデッチアゲタ……としか思えない。オリンピック強化選手やその指導者として、国の税金やtotoの収益金を「助成金」としてもらった人物のリストが手元にあるが、そのなかには、まったく選手の指導には関わっていないと思える人物も、名前を連ねているのだ。

その「事実」は上村会長も、よく知っているはずだから、何も第三者委員会を立ちあげる必要などなく、会長自身が、「私の秘書的な人物も指導者として助成金をもらうリストに名前を連ねていました」と言って謝罪し、カネを返却し、辞任を表明したあと、「公金」の使い道については、司直の手に調査を委ねるべきだろう。

暴力、パワハラ、セクハラ、公金横領(?)……。週刊誌は、柔道関係者のさらなる「醜聞」についても、取材を開始したとの噂も耳にする。また、他のスポーツ団体について、柔道界と同様の暴力、パワハラだけでなく、裏金作りや脱税も存在するとの情報(内部告発)も寄せられている。

この一連の柔道界騒動が、どこで、どのように収束するのか……あるいは、どこに、どのように飛び火し、燃え広がるのか……、まったく予測できないのが現状である。

(Camerata di Tamaki「ナンヤラカンヤラ」+NLオリジナル)
写真提供:フォート・キシモト