週刊Jリーグ通信 第2節「アピール合戦?」
「武藤猛烈アピール」
「大久保アピールの連発」
3月15日付けのスポーツ紙は、「アピール」連発だった。前夜のスポーツニュースも、「○○選手がアピール」などという表現が多かった。
3月13日(金)に日本代表監督にヴァイド・ハリルホジッチ(62)が就任、翌14日(土)にさっそくJリーグの第2節を視察した。出向いたのは東京の味の素スタジアム。FC東京と横浜F・マリノスの対戦だった。
F東京には、DF森重真人、DF太田宏介、そしてFW武藤嘉紀という3人のアジアカップ(1月)日本代表がいる。
アジアカップには23人の選手が登録され、うちJリーグのクラブ所属は13人。F東京とともに、ガンバ大阪、鹿島アントラーズが3人ずつ(残りの4人は、浦和レッズ、サンフレッチェ広島、川崎フロンターレ、そしてサガン鳥栖が1人ずつ)だった。まずはそのうちのひとつであるF東京の試合を見ようというのはごく自然だった。
だがJリーグの試合は日本代表選手を選ぶ品評会ではない。もしメディアに踊らされて「アピールしなければ」と思う選手がいたら、本当に滑稽な話だ。
ワールドカップ・ブラジル大会を2カ月後に控えた昨年の4月上旬に3日間の「日本代表候補トレーニング合宿」が行われた。アルベルト・ザッケローニ監督が招集したのは23人。すべてJリーグのクラブからの選出で、G大阪のMF遠藤保仁など「ザック・ジャパン」で実績のある選手は除外された。その最終日、4月9日には、流通経済大学を相手にしての練習試合も行われた。3人のGKは30分間ずつ、そして20人のフィールドプレーヤーは45分ずつ、全員が同じ時間プレーした。
ザッケローニ監督としては、3日間の合宿でチームとしてやるべきことを伝え、1人でも2人でもワールドカップ・チームに入れられる選手を探そうということだったのだろうが、私の目にはこの企画は失敗のように思えた。ほぼ全員が、明らかに「アピールしよう」とプレーし、ひどいサッカーになってしまったからだ。
そのなかで、ただひとり、ひたすらチームのためにプレーしている選手がいた。FWの石原直樹(当時広島、今季から浦和)だ。
この石原は、FW小林悠(川崎)がけがで参加できなくなったために、合宿が始まる前日に「追加招集」された選手だった。
「候補合宿」に呼ばれたといっても、「追加」ではワールドカップに行く可能性はゼロに近い。その状況が、石原に肩の力を抜かせた可能性はある。しかしそれ以上に、石原という選手は、サッカーというゲームの本質を知るインテリジェンスのある選手なのだ。いつも広島でやっているのと同じように、「チームが勝つために自分がなすべきこと」に集中して、彼はプレーした。その結果、無得点で終わった前半と比較すると、石原が攻撃陣の一角に加わった後半は一挙に攻撃がテンポアップし、「日本代表候補」は2点を記録して面目を保つことができた。
「御前試合」とばかりにメディアが押しかけた3月14日の横浜FM戦後、F東京のFW武藤はこんな話をした。
「視察はとくに意識せず、いつもどおりのプレーを心がけた。得点は毎試合狙っている。誰かがきたからといって、ゴールしたいという気持ちが強くなるわけではない」
1992年7月15日生まれ、22歳。第1節にG大阪を相手に記録した2ゴールで、日本代表にデビューした昨年からさらに成長し、2018年ワールドカップに向けて日本のエースとなりつつあることを示した武藤だが、浮ついたところがないのはさらに頼もしい。
サッカーの選手というのは、チームがなければ存在しない。1人でピッチに出ても、試合をすることはおろか、1本のパスさえすることができない。
となれば、選手はチームの勝利のためだけを考えてプレーするべきものだ。Jリーグでベテランと呼ばれる年齢になって「アピールしたい」などと口にする選手もいるが、それは不見識なメディアに踊らされているだけのピエロだ。その姿は、滑稽で、悲しい。
ハリルホジッチはチームとして戦うことを信奉する本物のサッカーコーチだ。もし彼の下で、チームのためにではなく自分のために、すなわち自分の記録や「アピール」のためにプレーする選手がいたら、彼は容赦なくその選手を切り捨てるだろう。
Jリーグの試合で彼が見たいのは、けっしてスタンド上部の彼を意識しての個人パフォーマンスではないはずだ。探しているのは、チームのために集中して戦い、倒れるまで走って勝利を追い求める選手に違いない。
昨年のワールドカップで見たアルジェリア、ハリルホジッチが指揮したチームは、まさにそうした選手だけで構成された集団だった。
(大住良之/文と写真)