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「星野恭子のパラスポーツ・ピックアップ」(442) パラ陸上の車いすレースを、小学生が間近で観戦。「すごい速くて、ビックリ!」

車いすのトラック種目に特化した「WPA公認世田谷パラ陸上車いす競技会」が3月7日、東京の世田谷区総合運動場陸上競技場で初開催され、競技用車いす「レーサー」による100mから5000mまで全8レースが競われました。会場には世田谷区立明正小学校5年生の児童たちも観戦に訪れ、トラックを疾走する選手たちの背中を押すような熱い声援を送ってくれました。

メインレースの「男子招待エリート1500m」には、2日前に東京マラソンを大会新記録(1時間20分57秒)で制したマルセル・フグ選手(スイス)など海外勢2名と、日本選手5名の計7名が出走しました。フグ選手は2月に1500mの世界新記録(2分43秒73)を樹立したばかりで、“絶対王者”の走りに注目が集まりました。

しかし、スタートから勢いよく飛び出したのは、フグ選手と同じく東京マラソンに出場し、2位(1時間24分31秒)に入った鈴木朋樹選手(トヨタ自動車)でした。鈴木選手はこのレースの前に行われた5000mにも一人、出場して好走(10分14秒83)した疲れも見せず、集団を引っ張り続け、フグ選手は集団の中盤に控えます。
小学生の声援を力に、「男子招待エリート1500m」のレースを進める選手たち。先頭は鈴木朋樹選手

残り2周を前に集団のペースが上がり、フグ選手が大外からジリジリと前を行く鈴木選手を追いかけ、左後方の2位につけます。残り1周の鐘が響くなか、グッとペースを上げたフグ選手が鈴木選手をとらえ、残り300mで先頭に。フグ選手はさらに力強い漕ぎで後続との差を広げ、2分57秒32で優勝。「日本のトップ選手たちと駆け引きしながら、いいレースができて楽しかった。昨日、学校訪問をした生徒さんが応援にきてくれて、とても嬉しかった」と笑顔で振り返りました。

「男子招待エリート1500m」で2位に1秒以上の差をつけ、優勝したマルセル・フグ選手。他を圧倒するスピードと愛用する銀のヘルメットから、ついたあだ名は「銀の弾丸」

コメントにもあるように、フグ選手は前日6日に世田谷区立明正小学校を訪れ、トークセッションや競技用車いす「レーサー」の体験会に参加し、「共生社会」を勉強中の5年生約150名と交流していました。

フグ選手と一緒にもう一人、オーストラリアのジェーク・ラピン選手も学校を訪問していました。実は今回が初来日の選手で、2日前の東京マラソンを完走(14位)し、この日は2分58秒90で4位に入りました。「今日も楽しかったし、東京マラソンは道路もスムーズで起伏も少ない、いいコース。観客の応援も素晴らしく、幸せな気持ちで走り切れた。メインは1500mだが、マラソンも楽しいので、今後もチャレンジしたい」と笑顔で話してくれました。

なお、ホームストレッチで順位を上げた渡辺勝選手(凸版印刷)が2分58秒04で2位に、0.13秒差の3位には樋口政幸選手(プーマジャパン)が入りました。
「男子招待エリート1500m」では順位ボーナスも贈呈された。左から3位の樋口政幸選手、優勝したマルセル・フグ選手、2位の渡辺勝選手

残り1周までレースをつくった鈴木選手は後続に交わされ、2分58秒04の5位でフィニッシュしました。「おととい(東京マラソン)が消耗するレースだったので」と苦笑いしながらも、「今日は勝負よりも、子どもたちが応援してくれていたので、見て楽しんでもらえるレースをしようと思った。マルセル(・フグ選手)が独り勝ちというレースでなく、『車いすレースって、こんなにスピード感があって、位置取りも変わったりして、楽しいんだよ』というレースを見てもらいたくて、ちょっと頑張りました」と振り返りました。

レースプランはまず、スタートダッシュを決めてうまく位置取りし、フグ選手を前に行かせずに集団の中に追い込むこと。そして、「最後にフグ選手が上がってきたときに、僕が耐えるというレースの方が見てる側は楽しいだろうと思って、そう走った」と笑顔で話しました。
「男子招待エリート1500m」のレース終盤まで先頭で粘る鈴木朋樹選手(#7)と大外から追いかけるマルセル・フグ選手(#1)

鈴木選手は、子ども時代に車いすレースを楽しんでもらいたいと思う意図について、次のように話しました。「子どもたちが大人になった時に、パラスポーツとの向き合い方が変わってくると思う。小さい頃から見ていれば、車いすに乗っている人が『頑張っている』だけでなく、『面白いレースをする』と分かって、こういう大会や東京マラソンを応援に来てくれたり、パラリンピックの中継を見てくれたりすることもあると思う。だからこそ、今日のレースは頑張ろうと思ったし、そういう意味では、いいレースだった」

観戦した子どもからは、「車いすのレース、速かった」「すごい競走だった」といった感想が聞かれました。鈴木選手の思いも伝わったのではないでしょうか。

世界トップクラスの選手たちの存在は後につづく若手選手にもいい刺激になったようです。T34(脳原性まひ・車いす)の小野寺萌恵選手(北海道・東北パラ陸上)は、女子100m(18秒88)、同400m(1分5秒96)といずれもアジア記録を上回る好記録でフィニッシュ。クラス分け規定の理由から今回の記録は残念ながら公認されませんが、「今年初の大会で、今まで出したことのない、想像もしていなかった記録がでて、すごく嬉しい。スタートが苦手ですが、今日は速く出られた。たくさんの子どもたちの応援が届いて、力になった」と感謝していました。

車いす陸上歴は約5年で、国のタレント発掘事業「J-Star」プロジェクトに応募して世界への道が拓いた逸材。岩手県在住のため冬季は屋外での練習がほとんどできなかったというなかでの大幅な自己ベスト更新です。「もっと練習して、もっと速くなりたい」。今後は国際クラス分けを取得し、2023年パリ世界選手権出場から、2024年パリパラリンピックを目指したいという小野寺選手。さらなる活躍が期待されます。
T34女子100mと400mを好記録で制した小野寺萌恵選手。リーチの長さを生かした力強い漕ぎが推進力の源

T54(脊髄損傷など)の遠山勝元選手(ATOM RT)も、男子400m(53秒18)、同1500m(3分26秒91)で自己記録を大幅に更新しました。昨年秋から持久力強化のトレーニングに取り組んできたことに加え、1月中旬に新調したレーサー(競技用車いす)によって推進力が増したことが好記録をアシストしてくれたようです。「5000mやマラソンも視野に入れつつ、今は中長距離をメインに記録を伸ばしたい」と目標を話してくれました。
子どもたちの声援を背中に受けながら、スタートの号砲を待つ遠山勝元選手

レースの合間には、来場中の小学生を対象に、フレームランニングの体験会も実施されました。足で地面を蹴って進む三輪車で、パラ陸上では脳原性まひの選手を対象とする新種目です。すでに世界選手権では正式種目として実施されており、今後、パラリンピックでも採用される見込みです。

日本パラ陸上競技連盟では現在、フレームランニングの認知度アップと選手発掘に努めています。こうして、子どもたちに体験してもらい、親近感を抱いてもらうことで、応援意欲をアップさせていく目的もあります。

方向性を安定させるのに少々コツが必要で、コースを大きく逸れてしまったり、自分サイズの用具でないため足が届きにくく、苦労している子どもなども見られましたが、互いに応援しあう歓声や笑い声が絶えまなく聞こえてきました。「休まずに蹴りつづけるのは大変だったけど、楽しかった」「初めての乗り物で、面白かった」など、体験会は盛り上がりました。楽しさが記憶に刻まれ、今後の応援につながっていくことを願います。
パラ陸上の新種目「フレームランニング」を体験する小学5年生たち

なお、世田谷区は東京パラリンピックでアメリカ選手団の事前合宿地となったことを機に、パラスポーツの理解・促進に取り組んでいて、今回は東京マラソン財団の協力のもと、同区と日本パラ陸連のコラボレーション企画として競技会や学校訪問が実現しました。こうした形で、東京パラリンピックのレガシーは残っているのだと実感できたイベントとなりました。

(文・写真: 星野恭子)