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荒井太郎のどすこい土俵批評(15)【平成二十七年春場所展望】荒れる春場所は本当に荒れるか?

 間もなく大相撲春場所が開幕を迎えるが、最大の焦点は前人未到の大偉業を達成した白鵬の“その後”だろう。先場所は大鵬を抜き史上単独1位の33回目の優勝を果たし、今後は過去、誰も歩んだことのない “道なき道”を突き進むことになる。一番懸念されるのはモチベーションだが、次なる目標として角界第一人者は優勝36回を掲げた。

 

「親父(ムンフバトさん)がモンゴル相撲で6回優勝している。(開催は)年1回ですから、36回を目指そうかな」

 

 モンゴル相撲を大相撲の年6場所に換算し、6回×6場所ではじき出した数字が「36」というわけだ。少々こじつけの気がしなくもないが、気力の維持こそが重要と位置づける気概が垣間見える。初場所前には「早々と(33回目の優勝を)決めて、残りの場所は伸び伸びとやりたい」と語っていた。記録のプレッシャーから解放された後は、自分の理想とする相撲を心置きなく追求する心づもりであった。それが「後の先」だ。

 

 角界では唯一、“不世出の大横綱”双葉山だけが会得したと言われる相撲の極意であり、立ち遅れに見えてしっかり先手を取る立ち合いのことだ。最近の白鵬は「後の先」についての自身の見解や思いを熱く語る場面が目につく。理想の相撲の追及も今後のモチベーションの大きな柱であったはずだが、自らが招いた“舌禍騒動”により、伸び伸びとやれる環境すら見通しが立たなくなってきた。

 

 先場所千秋楽翌日の一夜明け会見で、13日目の稀勢の里戦が取り直しにされたことに「子供でも(自分が勝ちだと)分かる相撲」と不満をぶちまけ、「もう少し緊張感を持ってやってもらいたい」などと審判部を痛烈に批判し大騒動になった。

 

 協会は師匠の宮城野親方(元幕内竹葉山)に厳重注意を与えるのみで本人は“お咎めなし”。腰が引けた協会の対応には疑問が残るが、白鵬も自ら協会幹部や審判部に出向くなり会見を開くなどして、弁明や謝罪する機会はあったはず。しかし、特定の民放バラエティ番組の冒頭で一言、お詫びらしき言葉を発した以外は基本的に無言を貫き、番付発表会見でも「自分の考えだけを伝えました」と発言撤回の意思は示していない。いまだマイナスイメージを払しょくしたとは言い難く、このまま本場所を迎えそうだ。

 

 白鵬にとって今まで経験したことのない逆風が吹き荒れる中、果たして従来どおりの強さを土俵上で発揮できるのか、もう1つの“その後”も注目される。加えて先場所は格下相手に土俵にバッタリ這うなど、持ち前の反応の良さと勝負勘で白星こそ拾ったが、全勝優勝したとは思えないほど苦戦を強いられたのも今後の気がかりだ。

 

 最強横綱に付け入る隙があるとすれば、その一番手には好調時の日馬富士が浮上してきそうだ。頭から低く当たって激しく突き上げ、左上手を取って一気に攻めるのが“勝ちパターン”。

 

「一日一番、集中して自分の相撲を取り切るだけ。必死ですよ」

 

 取り口にやや強引なところがあるため取りこぼしも少なくないが、気迫を前面に押し出した激しい相撲に徹しなければ、幕内で2番目の軽量でありながら横綱の地位を維持するのは至難の業。これらがうまく噛み合えば、白鵬の連覇を止める可能性も高い。

 

 これに続くのは稀勢の里か。最近は相撲ぶりにも落ち着きが出てきたが、先場所は得意の左四つになりながら新鋭の照ノ富士に不覚を取った。初日から13連勝した2年前の夏場所は、左でおっつけて相手に圧力をかけてから左四つに組み止めていたが、最近はいきなり左四つに組む傾向がある。これは相手にとってさほど脅威ではない。稀勢の里の最大の武器は突き押しだ。昨年九州場所11日目、徹底した突き押しで鶴竜に圧勝した相撲こそが理想の攻めに違いない。組み止めるにしてもまずは立ち合いで押し込みたい。

 

 先場所は千秋楽でようやくカド番を脱出した大関豪栄道。星が安定しないのは取り口に型がないからとの指摘はよく聞かれる。自分より大きな相手にも右を深く差し、胸を合わせてしまう場面が少なくない。さらにハイレベルの結果を残すためには、張り手を恐れず低く踏み込んで左前褌を狙うなど、やはり1つの型を愚直に磨いていくしかないだろう。大関として初めて地元大阪に“凱旋”するご当所の大声援の後押しを復活のきっかけとしたい。

 

 “荒れる春場所”と言われるが、白鵬の精神状態によっては優勝争いも混迷を極めそうだ。

 

(荒井太郎)

写真:DAILY NOBORDER編集部