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【佐野稔のフィギュアスケート4回転トーク 2014~15ヴァージョン(9)】悔しさを残した日本勢と、世界に拡がる「羽生包囲網」 ~2015四大陸選手権を振り返って<第1回> 

●宇野昌磨の前に立ちはだかった「30秒の壁」

 SP(ショート・プログラム)が終わった時点では、複数メダルの可能性を感じさせた日本勢でしたが、結局表彰台にはひとりも立てず。三者三様の悔しさが残る、男子の四大陸選手権でした。

 

 今回がシニアの国際大会デビュー戦で、浮き足立ってもおかしくなかった宇野昌磨でしたが、SPはノーミスで滑り切ってみせました。やはり逸材です。ただ、相当な消耗があったのかもしれません。「4分30秒のフリー」となると、まだまだ滑り慣れていない印象を受けました。

 

 男子フリーの滑走時間はジュニアが4分、それがシニアになると4分30秒に伸びます。体力的に最も厳しいところでの30秒だけに、この差は小さくありません。宇野がフリー後半に組み入れた3連続ジャンプなどは、本来なら得点の稼ぎどころだったはずです。なのに、そこでミスが出てしまった。ジュニアとシニアの30秒の差が、如実に表れた場面でした。

 

 とはいえ、これは誰もが通る道です。ほんの3、4年前には、演技終盤に足元がフラフラになっていた羽生結弦の姿を、覚えていらっしゃる方も多いことでしょう。この大会の結果で、宇野の評価が落ちるワケではありません。今シーズン彼が見せてくれた成長の度合い、その伸び率は驚異的でした。

 

 スポーツにはそれまで出来なかったことが、ある日突然出来るようになる瞬間があります。私が指導している中学1年生のノービスの選手でも、それまで成功できなかった3回転ジャンプが出来るようになると、立て続けにトリプル・アクセルまで出来るようになったことがありました。

 

 宇野の場合も、ずっと苦戦していたトリプル・アクセルを克服すると、4回転トゥ・ループまで一気にマスターしてしまった。おそらく「たくさん回転するためのコツ」のようなモノが身に付いたのでしょう。もちろん、それまで続けてきた努力の「貯金」があって初めて、その瞬間は訪れます。ただ、そのような練習の成果を、本番の舞台で余すところなく再現できるところに、宇野の非凡さがあります。来月エストニアで行われる世界ジュニア選手権の、金メダル最有力候補です。

 

●得点が伸びきらなかった村上大介、ミスが許されない無良崇人

 惜しくも表彰台には届かなかったものの、村上大介のフリーでの巻き返しは見事でした。2度の4回転、トリプル・アクセルを含めた、8度のジャンプをすべて成功。演技後は氷上に寝転がるほど、いまできる自分の滑りを出し尽くしました。加えて去年12月の全日本選手権のときには、圧し潰される格好となった「最終グループ最終滑走者独特の重圧」を、今回はしっかりとコントロール。NHK杯の優勝がフロックではなく、村上大介がたしかな実力者であることを証明してみせました。

 

 ただ、それほどの演技をしながら、得点のほうは思ったほど伸びませんでした。SP の採点でも同じことを、私は感じていましたのですが、これまでの世界レベルでの実績やネームバリューのなさが、マイナスに作用したのかもしれません。今後の村上に必要なのは、ひとつひとつ実績を積み重ねることは当然のこと、あれだけの滑りをしていながら、なぜ得点が伸び悩んだのかを検証、解決する作業ではないでしょうか。

 

 スケーターたちは演技構成点、いわゆる5コンポーネンツ(スケートの技術・要素のつなぎ・演技力・振付構成・曲の解釈)を高めて、いかにジャッジに印象付けるか。それこそ血の滲むような試行錯誤をしています。ジャンプの組み合わせ、使用曲の編集や演出…、あらゆる手段を尽くして、もう一段ステップアップした村上に、世界大会の表彰台を狙って欲しい。

 

 日本勢初の四大陸選手権連覇が懸かった無良崇人でしたが、SP 、フリーのいずれもミスが目につき、照準は来月の世界選手権に合わせていたかのような印象を受けました。無良の場合は特に、ひとつのミスが命取りになる可能性が高いのです。というのも、いまの世界最先端の男子フィギュアは、4回転ジャンプを2種類跳ぶ時代です。1種類では武器が足りません。

 

 無良のように4回転ジャンプが1種類の選手は、SPで1度、フリーで2度、合計3度の4回転をノーミスで跳ぶことが大前提になります。その上で2種類の4回転ジャンプを、SP 、フリーで合計4度以上跳ぶ選手のミスを待たなくては、頂点には立てないのです。

 

 今シーズンは、GPシリーズのスケート・カナダで優勝と、最高のスタートを切っていたのですから、本人にも忸怩たる思いがあるはずです。来月の世界選手権では、隙のない会心の演技で締め括ってくれることを期待しています。

 

 ●世界選手権を前にして、拡がる羽生包囲網

 今回表彰台に昇った3選手は、いずれも素晴らしい滑りを披露してくれました。なかでも優勝したデニス・デン(カザフスタン)の演技は、銅メダルを獲得したソチ五輪のときよりも質が高く、頭ひとつ抜けていました。SPは完璧でしたし、フリーも最初の1分半くらいは「羽生危うし」と思わせるくらいの内容でした。後半になって小さなミスはあったものの、今シーズンの世界最高得点も納得です。

 

 準優勝のジョシュア・ファリス(アメリカ)は、綺麗に滑るタイプのお手本のような選手。たとえば、ここはヒザを伸ばすところ、ここは曲げるべきところといった、スケートの基本動作にひじょうに忠実。それでいて力強さもある。私は初めて彼を見たときに、絶対王者のパトリック・チャン(カナダ)に似ていると感じました。滑る姿勢に非の打ちどころがないのです。羽生とは誕生日が1ヵ月しか違わない同世代。あとはジャンプに安定感が出てくれば、手強いライバルになってきそうです。

 

 また、3位に入った中国の閻涵(エン・カン)のフリーのプログラム「Fly Me to the Moon」は、何度も言いますけど、本当に格好いい。ローリー・ニコルの振り付けはもちろん、曲の編集にいたるまで、すべてが一級のエンタテインメントに仕上がっている。今シーズンから解禁になったヴォーカル(歌詞)入り曲の、最高の成功例だと思います。羽生と激突したアクシデントの影響も、すっかり心配のない様子。しかも今年の世界選手権は地元中国での開催だけに、侮れない存在です。

 

 五輪の翌シーズン。世界各国の選手が「打倒・羽生結弦」を目指して、それぞれに動き始めている―。あらためて、そんなことを実感した男子の四大陸選手権でした。

 

(佐野稔)

 PHOTO by David W. Carmichael [CC BY-SA 3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons