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レスリングがオリンピックから外されかかっている背景とは(玉木 正之)

IOC委員への「賄賂」の渡し方……?

IOC(国際オリンピック委員会)とは、国際的な任意団体である。

最初は19世紀末、フランス人貴族で教育者のピエール・ド・クーベルタン男爵ら、何人かのヨーロッパ貴族が集まり、古代ギリシアのオリンピアの祭典(古代オリンピック)と同様のスポーツ大会を開催しようと話し合った。

そんな経緯で生まれた団体だから、現在も国際的な組織とはいえ、ヨーロッパ(の貴族)が中心で、親睦団体の色彩が強く、IOC委員たちは自分たちのことを「ファミリー」と呼んでいる。

組織としては、国際的な巨大な資金を動かすスポーツ団体といっても、法的には任意団体。従って、組織の一員は公務員でもなければ、民間の株式会社でもないので、一国の法的な規制を受けることは、ない。

本部はスイスのローザンヌ(クーベルタンが最後に暮らした場所)にあり、オリンピック博物館が併設されている。スイスは、IOCのために土地を提供したが、莫大な収益をあげているIOCから少なくとも固定資産税は徴収すべきであるという声も出た。しかし、観光客を呼ぶ目玉にもなっていることから、うやむやになっている。

そんな組織だから、その構成員(IOC委員)も、特別に一国の法的規制を受けることはなく、つまり誰かから「プレゼント」を受け取っても、それが「収賄罪」に問われることはない(ただし贈賄側は、その金品の出所によっては、「贈賄罪」が問われることになる)。

そこで、かつては五輪開催地の招致合戦で、多額の金品が飛び交い(現金ではなく、会議開催と称してファーストクラスの航空券がIOC委員に送りつけられ、IOCは「航空券本位制」という声まで出た)、さすがにIOCも新たに規則を設けて開催地の招致合戦の加熱を押さえることにした。

が、抜け道はあるもので、現在の「流行」は、大学の名誉学位と、勲章だという。つまり何か(たとえば開催地の決定や、競技種目の決定など)の投票権を持つIOC委員に対して、ある国が有利になるよう働きかけたいと思えば、その国の勲章や、一流大学の名誉博士号を贈る。

国によっては、それらに賞金や年金や研究費が付随している場合が多く、IOC委員には元一流スポーツマンや、事業家、大学教授なども少ないから、たとえばスポーツ競技普及への貢献に対して勲章を贈ったり、体育学名誉博士号やスポーツ経済学名誉博士号を贈ることに対して、誰も禁止することはできないし、誰も止めることはできない。

昔は、良くも悪くも貴族たちのノーブリス・オブリージュ(noblesse oblige=高貴な義務)によって動いていたIOCも、今では委員が100人を超すようになり、ノーブリス・オブリージュとはまったく無縁の委員と、スポーツの伝統や歴史や品格よりも自国の利益を優先する振興成金国の台頭によって、迷走するようになった。

以上が、レスリングがオリンピックの正式競技から外されかかっている背景であり、レスリングは「ロビー活動をしなかった」と言われていることの実態である。

もちろん昔の「貴族的運営」に戻すことは不可能。

オリンピックの競技種目が増えすぎて、(開催国にとって)限界に来ているというならば、かつて日本人IOC委員だった猪谷千春氏が主張していた方策——夏の五輪のインドア・スポーツを全て冬の五輪に移し、夏の大会に多くの新種目を加える——を、真剣に考えるときかもしれない。

もっとも、そうなれば「雪と氷の大会」という冬のオリンピックのコンセプトを変更しなければならないし、バスケットボールなど、プロのシーズンとバッティングする競技が猛反対するだろう。

あちら立てれば、こちらが立たず。そもそもレスリングを中核競技(Core Sports)から外し、さらに2020年のオリンピックから除外する筆頭競技に選んだのは、他の新しいスポーツ(野球&ソフトボール、スカッシュ、ウェイクボード、空手、武術(太極拳)、スポーツク・ライミング、ローラー・スポーツ)に入ってほしくなかったから……という声もある。

つまり、レスリング以外の他の非中核競技候補(テコンドー、近代五種、ホッケー、カヌー)を「落選候補」に選んでしまうと、(テコンドーや近代五種に変わって)新しい競技(スポーツ・クライミング?)が入る可能性が高く、そうなると「ロビー活動」の活発な競技を残すことになり、世界のGDP1位と3位の国で盛んなレスリングも「ロビー活動」を活発化してくれるだろうから……という思惑があったとか……なかったとか……。

そんな魑魅魍魎の跋扈する世界で、さあ、2020年東京五輪招致はどうなる……どうする……?

文科大臣が日本スポーツ史上最大の危機と宣言した「暴力問題」の解決はどうする……?

我々日本人は、日本のスポーツ界を素晴らしいものに再建するなかで(それにはマスメディアがスポーツ界との癒着を解き、スポーツ・ジャーナリズムをきちんと機能させるなかで)、地道にオリンピック&パラリンピック招致と取り組む以外ないはずだが……。

(Camerata di Tamaki ナンヤラカンヤラ+NLオリジナル)
写真提供:フォート・キシモト