荒井太郎のどすこい土俵批評(14)【平成二十七年初場所総括】何様のつもり?上から目線の横綱の物言い
大偉業達成の祝賀ムードも自らぶち壊す形となった。“大鵬超え”となる史上単独1位の33回目の優勝に全勝で花を添えた翌日の一夜明け会見の冒頭、「疑惑の相撲があった。いかがなものか。13日目ですね。勝ってる相撲だものね。帰ってビデオを見たけど、子供が見ても分かるような相撲。なぜ、取り直しにしたのか」と不満を一気にまくし立てた。
13日目は優勝を決めた稀勢の里戦。左を差した白鵬は一気に西土俵に寄り立てたが、土俵際で稀勢の里が捨て身の右小手投げを放つと両者はほぼ同時に土俵に落ちた。物言い協議の末、取り直しとなり、続く一番は白鵬が珍しくもろハズで押し込み、東土俵へ力強く押し倒す完勝。気迫でも相手を完全に凌駕していた。
取り直しとなったが内容的には2番とも白鵬が上回っており、我々は日本人最強力士との実力差をまざまざと見せつけられた。それなのに3日も経って、しかも有終の美を飾ったにもかかわらず、言わずにはいられなかった。それが軽率で非常に残念な発言であるのは言うまでもないが、そこにこそ白鵬の強さの原動力があるのではないだろうか。
勝利への並々ならぬ執念や貪欲さでは右に出る者はいない。朝青龍も然りだったが、白鵬は結果を出すためにもっとも効率的かつ合理的な稽古を行ってきたと言えよう。稽古場を「人生修業の場」と位置づけ、自己をとことん追い込んだ横綱貴乃花とは対照的な、いわゆる「勝つための稽古」だ。本場所のない偶数月は稽古よりもイベントや後援者との付き合いを優先させ、番付発表後にやおらエンジンをかけ、しかし、その後も適度に休養日を設けつつ本場所に向けて仕上げていく。
年6場所に加え、その間に巡業もある大相撲は他のスポーツのような、まとまったオフシーズンがない。本場所で最高のパフォーマンスを発揮するためにはむしろ、白鵬のような調整法が適しているのかもしれない。しかも初顔が予想される相手に対しては、横綱自らその力士の部屋に乗り込み、肌を合わせながら特徴や弱点をしっかり把握して本場所に臨む。研究熱心さも現役力士の中では随一と言っていいだろう。
最近でこそ見られなくなったが、以前は前の場所で苦杯を舐めた相手を巡業や場所前の稽古で捕まえ、きっちりと“お返し”することが珍しくなかった。バックスイングを効かせたプロレス技の「エルボー」まがいのカチ上げを見舞ったり、投げても廻しを放さず相手と重ね餅で倒れるなど、荒々しい稽古で恐怖心を植えつけさせたりもして自身の牙城を守ってきた。
ひたすら強さを追い求めながらわが道を無我夢中で突っ走り、ついに相撲史に燦然と輝く金字塔を打ち立てた。その代わり、何か大事なものを置き去りにしてきたような気がしてならない。相撲の稽古には2種類ある。自分が強くなるための稽古と、後輩を引き上げるための稽古だ。白鵬には後者がやや欠けていたように思う。
大相撲の世界では関取になると師匠から「これからはこいつを関取にさせるのがお前の仕事だ」と言い渡される。自分のためだけでなく、たとえ疲れがピークに達していても稽古場に降り、若い衆に胸を貸し力を出させることは大事なことだ。あまり稽古が出来ない体調でも、関取がその場にいるだけで雰囲気がピリッと締まり、背中で後輩たちを引っ張っていくこともできる。時には不合理や不条理の中に身を置くことも人間的な成長には必要なことだ。
「ビデオ判定(係の審判員)は何をしていたのか。もう少し緊張感をもってやってもらいたい。元お相撲さんでしょ、ビデオ判定は。取り直しの重みは分かっているはず。こんなこと2度とないようにやってもらいたい」
まるで上司が部下を叱責するかのような“上から目線”で大先輩にあたる審判委員の親方衆を痛烈に批判した様からは、相手を敬うという相撲道のもっとも基本的な精神が露ほども感じられない。無用な駄目押しを繰り返したり、土俵上の所作が一向に改まらないのも頷ける。それとも自分のような大横綱だからこそ、言う権利があると思ったのだろうか。
結局、この問題については本人を呼び出すこともなく、白鵬の師匠である宮城野親方(元幕内竹葉山)が審判部と理事長に謝罪して“幕引き”となった。現役横綱が審判部を公然と批判するという事の重大さからすれば、今回の措置は“大甘裁定”と言われても仕方がない。想起されるのは朝青龍の引退騒動だ。協会が毅然とした対応を取らなかったばかりに“やんちゃ横綱”の暴走は止まらず、ついには引退に追い込まれ横綱の権威を大いに失墜させた。
今回は協会の“温情”によって白鵬は救われた形だが、朝青龍のケースがあるだけに筆者はある予感を抱かずにはいられない。これが「終わりの始まり」なのではないかと―。
(荒井太郎)
写真:DAILY NOBORDER編集部