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アギーレ騒動が結束の力に ~AFCアジアカップレポート(3)

 AFCアジアカップでは過去2戦2分け、ワールドカップ予選では敗戦も喫している苦手のヨルダンに2-0。日本代表が順調にグループステージを突破し、準々決勝に進んだ。

 

 「順調に」というところが重要だ。

 

 力のあるチームがそのとおりの結果を出すことができないのがサッカーというゲーム。これまでヨルダンに苦戦してきたのは、力の差が「何か」によって消されてしまった結果だった。それは主としてメンタルの問題だった。

 

 守りを固められる。なんとかこじ開けようと無理に攻める。バランスを崩してカウンターを受け、心のバランスも失って失点する…。そうしたことの繰り返しだった。しかし今回の日本代表は、守りを固められ、攻めあぐねても、「1点は取ってくれる」という自信と信頼感がチーム全体に満ちている。だからバランスを崩すことがない。

 

 パレスチナに4-0、イラクに1-0、そしてヨルダンに2-0。実際にはもっと点差が開いてもいい試合ばかりだったが、数字だけから見れば「順当」な結果を生むことができた最大の要因は、選手たちが積み重ねてきた経験に基づくメンタルの強さ、成熟にある。そしてその強さ、成熟には、現在の日本代表が置かれた非常に特殊な状況も関与しているように思える。

 

 ハビエル・アギーレ監督の八百長疑惑だ。

 

 大会中にも、「告発が正式に受理された」というニュースが流れ、アギーレ監督が公式会見の場に立つたびに内外の報道陣から辛辣な質問が飛んだ。しかし彼は動じず、「サッカーに関することしか話さない」と受け流した。

 

 選手たちにも、当然、動静は伝わっている。大会前のキャンプでは、キャプテンの長谷部誠を中心に話し合いも行われたようだ。当然のことながら、その結論は「プレーするのはオレたち」というシンプルなものだった。そしてこの問題でより強い責任感が生まれ、チームが一丸とならなければならないという思いが共有され、それがチームの成熟につながったのではないか。

 

 ヨルダンは、前半と後半でまったく違う戦いをしてきた。

 

 前半は「4-3-1-2」といったシステム。4人のDFラインの前に3人のボランチを置き、自陣ゴール前に厚い守備網を敷いたのだ。日本はボールを支配し、相手陣でパスを回してチャンスを探し続けた。前半の日本の「ボール支配率」は74.4%という、通常ではありえない数字となった。ボールを保持している時間が相手の3倍ということだ。

 

 そうしたなかで日本は何回か決定的なチャンスをつくり、24分に乾貴士のスルーパスを受けて左を突破した岡崎慎司のシュートを相手GKがはじいたところに走り込んだ本田圭佑が押し込んで(この場面ではポストに当てなかった!)先制した。

 

 ところが後半、ヨルダンは3人のボランチのうちひとりを外して攻撃的な選手を入れ、そのモンタル・アマラハを右MFに置いた。「4-2-2-2」の形だ。チーム全体としても自陣に引くのではなく、できるだけ前から日本にプレスをかけるという作戦をとった。

 

 俄然攻撃的となった右サイドに、日本の守備陣は意表をつかれる形となった。同点ゴールが生まれても不思議はない状況だった。しかし日本の守備陣は最後のところで踏みとどまり、決定的なシュートまでは行かせなかった。ヨルダンの「反抗」は15分間ほどで終わり、再び日本が支配してチャンスをつくるようになった。

 

 後半13分に遠藤保仁から右の本田にスルーパスが通り、突破した本田がゴール左隅に右足で決めた。しかしオフサイドの判定。スルービデオで確認すると、明らかな誤審だった。

 

 この日のレフェリートリオは主審がイルマトフ(ウズベキスタン)、副審がラスロフ(ウズベキスタン)とコチャカロフ(キルギスタン)。イルマトフ主審はアジアで最高のレフェリーと言われ、2010年と2014年のワールドカップで通算最多記録の8試合を担当した人。「誤審」をしてしまったコチャカロフ副審も2回のワールドカップで8試合を経験している。誤審は長い期間で見れば五分五分。本田の得点が認められなかった不運は、これからのノックアウトステージのどこか重要な場面への「貯金」になるかもしれない。

 

 日本の2点目は後半37分。左サイドで清武弘嗣(交代出場)がタッチライン際の武藤嘉紀にスルーパスを送り、武藤がスピードを生かして前進。中央には本田がつめていたが、武藤はその後ろから走り込んでくる香川慎司を見ていた。低く強いクロスに合わせた香川のシュート(その技術は最高クラスのものだった)は、前の試合と同様、またもGKの正面に飛んだが、その手をはじいてゴールに飛び込んだ。

 

 1位でグループを通過、準々決勝の相手はUAEとなった。左利きのテクニシャンで今大会の注目選手のひとりであるアブドゥルラフマン(背番号10)を警戒しなければならないが、現在の日本代表の成熟したチーム状態を見ればここでもしっかりとした試合ができるだろう。むしろ「敵」は、相手チームより1日短い(UAEが中3日で日本は中2日)日程になるかもしれない。90分間を通じて相手より多く走らないと、現在の日本のサッカーはできないからだ。

 

 チームとしてのメンタリティー、責任感、ディシプリンといった面で、日本代表は非常に良い状態にある。しかしそれをもたらした理由の一端が監督の「八百長疑惑」だとしたら、サッカーという競技の皮肉さを思わずにいられない。

 

(大住良之)

PHOTO by Sliat 1981 (talk).Sliat 1981 at en.wikipedia [Public domain], from Wikimedia Commons

※Correction:著者の意向により差し替えました。