香川復調でテンポが上がる~AFCアジアカップレポート(2)
パレスチナ戦と比較すると格段に攻撃のテンポが良くなった。得点こそFW本田圭佑のPKによる1点にとどまったものの多彩な攻撃から数多くのチャンスをつくり、試合運びでも成熟を感じさせた日本。2連勝したとはいえまだグループ3位に終わる恐れも残されているが、初戦からわずか4日間でチーム状態が急激に良くなったのには驚いた。
初戦のパレスチナ戦では本田もMF香川真司も調子が悪く、攻め崩す形が90分間で数度しかできなかった日本。しかし迎えた第2戦、D組で最も手強いと予想されたイラク戦では香川の調子が急激に上がり、この試合で日本代表150試合という大記録を達成したMF遠藤保仁と組んで変化に富んだ攻撃をつくり出した。
香川という選手の最大の長所は、ボールを受けながらの「ターン」にある。相手ゴールに近い狭いスペースで、あるいは相手に厳しくマークされている状況で、彼はボールを受けると繊細なボールコントロールと鮮やかなステップワークで前を向いてしまう。香川が前を向く、すなわち相手ゴールに向かう形になると、相手の守備組織は突然「警戒」の赤ランプがくるくると回る状況となり、何人もの選手が香川に引きつけられる。周囲の選手がタイミングを逃さずに動けば、それだけで決定的なチャンスが生まれる。
パレスチナ戦で香川のそんなターンを見たのは、後半、ショートCKを受けて左からDF吉田麻也の4点目にアシストしたときだけ(そのときもボールコントロールが乱れ、無理な体勢からのクロスとなった)。ところがイラク戦では、1試合を通じてそうしたプレーができた。それが日本の攻撃が急激に良くなった最大の理由だった。
香川とともに、パレスチナ戦では持ち味を出せなかったFW乾貴士も、ボールを受ける回数が格段に多くなったため、存在感を示すようになった。
前で安定してパスが回ると、後ろの選手も上がって行きやすくなる。両サイドバックのDF酒井高徳とDF長友佑都の攻撃参加も効果的だった。
この試合の成果は攻撃面だけではない。試合運びの成熟には目を見張らされた。
イラクがつくった決定的な形は、90分間を通じて1回だけ。前半43分にMFヤセル(5)のスルーパスを受けたMFアムジェド(7)が右サイドを突破、ゴールラインまではいって中央のFWユーニス(10)に送ったときだ。ユーニスはきちんと合わせることができず、力なく浮いたボールをGK川島永嗣がキャッチした。
この試合でイラクがゴールを記録するとしたら、FKあるいはCKだけだっただろう。前半には日本陣で数多くのFKがイラクに与えられた。後半もロスタイムに1本危ないFKがあったが、ファウルの数こそあまり減らなかったものの危険なものは大幅に減った。
本田がポストに2回、バーに1回当て、岡崎のシュートもGKに防がれて後半は1-0のまま進み、終盤を迎えた。
この試合で最も驚いたのは、後半35分から41分までの6分間だ。この時間帯で、日本は何本のパスをつないだだろうか。この時間帯になってもボールが動くたびに正しくポジションどりがされていたため、選手たちは常にリスクのないパスコースを選択することができ、終盤の攻勢を考えていたイラクは日本のパスを追うだけで消耗した。
試合を決定づける追加点が奪えず、いらいらして無理な攻めになっても当然の状況だった。そして逆に1点を「守りきろう」という気持ちが強すぎたら、いたずらに引いて相手にゴールに近づくことを許していただろう。しかし日本選手たちはチャンスをうかがいながらもしっかりとパスを回し、イラクにつけいる余地を与えなかったのだ。
この間、日本がボールを失ったのは、3回ほどだったと思う。失ったのは3回とも本田。他の選手がリスクを回避したプレーに徹するなか、右奥でボールを受けた本田は変化をつけようと果敢にドリブルで進んだのだ。ところが本田はただひとり初戦から調子が上がっておらず、そのたびにボールを失った。
だが重要なのはここからだ。ボールを奪われるたびに、本田は即座に守備に切り替え、相手を追い詰めた。その結果、イラクはボールを前線に運ぶことができず、ボールはほぼ数秒で再び日本のものとなったのだ。
本田はまだ調子が上がっていない。しかしチームには十分すぎるほどの貢献をしているのだ。PKだけではない。彼は90分間戦う姿勢を崩さず、イラクに圧力をかけ続けた。
「(ポスト、バーを叩いた3本のシュートを)決めるべきだった。しかしチャンスはつくれていたし、これがサッカーというもの。次は決めます」彼は試合後そう話した。
責任感の強い守備陣がいる。安定してチームをリードするベテランがいる。急激に調子を上げてきたアタッカーがいる。そして自分自身の調子は上がらなくても、前向きに戦うことをやめない選手がいる。
「優勝できそうだ」とはまだ言えない。しかしアギーレ監督の八百長疑惑騒ぎでもチームはまったく動じず、すべての選手が自分がやるべきことを理解して実行している。どうやら、このアジアカップは、日本代表の試合を楽しむことができる大会になってきたようだ。
(お断り:イラク選手の名前は新聞等で使われているものです)
(大住 良之)
PHOTO by Qld matt at en.wikipedia (投稿者自身による作品 Transferred from en.wikipedia) [Public domain], via Wikimedia Commons